Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―

母と子と

「母さん!!」
 ベナトナシュは持っていた黒い短剣を叩き落されると、アルコルの叫び声を聞いた。大雨の音が響く中でも、はっきりと聞き取れる。この子、こんなに張りのある声だったっけ?
「母さんが辛い気持ちだったのは分かったよ! だけど、こんなふうに次々に人を傷つけていったら、一番苦しいのは自分なんだよ!! だからもうやめて!!」
 ベナトナシュの目から涙が流れる。
「私…一体何を…」
 記憶が残っている。再婚したアリオトを刺し、教師であるメグレスに斬り付け、今は息子のアルコルを殺そうとしたのだ。
「私は…なんてことを……」
 前の夫と約束したことを思い出した。この星の大地は天変地異が激しく、若くして死ぬことも珍しくはない。もし、夫婦のうちどちらかが死んだ時は――
「生き残った方が、アルコルを育てあげる」と約束した。夫が死に、新しく迎えた夫はろくでなしだった。その辛さを、大切な息子にぶつけて虐げていた。その事実に気付き、ベナトナシュは膝から崩れる。
「アルコル……私は…ごめんなさい」
 両手を顔に当てて慟哭した。自分の弱さが息子を追い詰めていたのだ。
「母さん、もういいよ」
 アルコルは七星剣を地に置いて、ベナトナシュの前にかがみ込んでつぶやく。
「アリオトとはもう別れて。また母子で暮らそうよ」
「うん……」
 アルコルは母親の肩を抱き寄せる。ベナトナシュはハッとした。ついこの前まで自分より小柄だったのに…いつの間にか背丈を追い抜いているし、肩幅も広くなっている。そうね、もうあなたを頼っていいのよね。また母子で……しかしその時。

 バアンッ

 という轟音とともに、山側の土が崩れた。濁流となった水と土が、アルコルたちの方に向かってくる。先ほどの地震と、鬼雨によってゆるんだ土砂が崩れたのだ。俗にいう山津波だ。
「しまった…!」
 アルコルは七星剣をつかんだ。が、反応できない。このままでは2人とも飲み込まれ、ポラリスも奉納できない!
 すると、ベナトナシュは渾身の力でアルコルを3mほど突き飛ばした。
「母さん!!」
 どこにこんな力が!? と思いながらしりもちをついてひっくり返った。すぐに起き上がると、濁流に飲み込まれる寸前のベナトナシュと目が合った。その表情は、今までに見たことのないような穏やかで優しいものだった。
――アルコル、今までごめんなさい。そして、私の息子として生まれてくれてありがとう。
 言葉には出なかったが、表情が語っていた。刹那、ベナトナシュは山津波に飲まれ、そのまま麓まで流されていった。
「母さあああん!!」

 ベナトナシュは夢を見た。それは、自分と幼いアルコル、前の夫と手をつないで歩く様子だった。平凡だったが幸せな家庭だった。本当は、この当たり前の幸せを自分の努力で守り続けたかった。やがて、アルコルの手が離れた。息子の姿は幼児ではなく、立派な青年の姿になっていた。
 ベナトナシュは、手をつないだままの前の夫と一緒に、天に続く階段を登っていった。

 山津波の威力はすさまじかった。メラク、メグレス、倒れたアリオトがいる地点に着く頃には勢いを増し、山間の道にまで溢れた。
「きゃあっ!!」
「な、何!?」
 メラクとメグレスはとっさに岩に登って避難できた。が、倒れているアリオトはそのまま濁流に飲み込まれた。
 ミザルはアルコルを追っていたが、山津波の気配に気付くとハイジャンプして木の枝に乗った。しかし、ドゥベーとフェクダは呆然として動く気力が出せず、襲ってきた山津波にあっけなく飲まれた。

「……」
 アルコルは呆然と立ち尽くした。母親が山津波に飲まれる時、何もできなかった――。
《山頂に向かえ》
 啓示の声が聞こえる。
「そんな、無理だよ! 母さんが目の前で流されたのに……」
 アルコルの目に涙が浮かぶ。が、神の啓示は冷徹な現実を突きつけてきた。
《お前が今動かなければ、被害はさらに広がる》
 ハッとした。そうだ、母さんだけじゃなく、ミザルやメラクがいる。知人だけでなく、この町に住む人々も。それに――東の都で待ってくれている最愛の人も。
 アルコルは涙をふき、山頂に向かって駆けだした。
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