元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
三人のあまりに虫のいい言動に、我慢の限界に達したクラウスが、一歩前に出て口を開こうとした。
しかし、彼が発言することはなかった。
アンジェリカがクラウスの前に手を出し、動きを制したからだ。
アンジェリカは静かに、ミレイユたちを見ていた。
なにか決心したような、そんな面持ちの彼女を前にしたクラウスは、怒りを抑えて見守ることにした。
アンジェリカはクラウスを止めていた右手を下ろすと、腹部の前で綺麗に左手と重ねた。
「……お怪我はありませんでしたか?」
女神のような微笑みで、ミレイユたちに声をかけるアンジェリカ。
それを見たミレイユたちは、暖かな光に包まれた気がした。
アンジェリカの神々しいまでの優しさに、ミレイユも、ユリウスも、アマンダも……自分たちは救われるに違いないと確信した。
次のアンジェリカの言葉を聞くまでは――。
「は、はい、大丈夫ですわ! さすがお姉様、慈悲深くてお優しい――」
「どこのどなたか存じませんが、馬車の前に飛び出しては危ないですよ」
ミレイユたちの時が止まる。
凍りついたかのように、表情も身体も、固くなって動かない。
今、なんと言ったのか。
三人とも耳を疑い、現実を受け入れられなかった。
決して取り乱さず、優しい笑顔と穏やかな声音で告げられるアンジェリカの台詞。そこには彼女の長年の悲しみと苦悩に対する、ささやかな抵抗が込められていた。
「……あ、あの」
「ブリオット公爵様の行く手を阻まれるなど、首を撥ねられてもおかしくない愚行です。ブリオット公爵様はお優しいので、今回はお見逃しになられますが、次はないと肝に銘じておきなさい」
キッと引き締めた表情で、アンジェリカは三人に言及した。
ミレイユたちは、こんなアンジェリカの顔を見たことがなかった。
気高く、美しく……凛とした立ち姿で貴婦人の風格を纏うアンジェリカに、初めて三人は、自分たちの今までの行いを激しく後悔した。
「……お許しを――」
――カツン。
アンジェリカが高いヒールを鳴らし、胸を張って踵を返す。
その後ろで、蚊の鳴くような声が零れた。
震えながら涙を流し、地面に這いつくばるようにして、ミレイユはアンジェリカの背に手を伸ばした。
「ど、どうかお許しを…………ゆ、ゆる、して、許して、お姉様……私が悪かったわ、今まで冷たくしたこと、叩いたり、嘘をついたことも、全部全部、謝るから――!」
アンジェリカは馬車のそばで足を止めると、顔だけ動かし後ろを振り向いた。
そして彼らをしかと見つめ、明確に言い放つ。
「あなたの望む『お姉様』はもういないわ、私はアンジェリカ・シモンズ・ブリオット……クラウス様の妻よ」
アンジェリカはそう告げると、再び歩き出し、馬車に乗り込んだ。
消えていった彼女を、ミレイユたちは茫然と眺め、やがて地面に突っ伏した。
かつて、アンジェリカの家族だった――いや、家族だと信じていた人々は、自らの愚かさで身を滅ぼし、最悪の結末を迎えることとなった。
しかし、彼が発言することはなかった。
アンジェリカがクラウスの前に手を出し、動きを制したからだ。
アンジェリカは静かに、ミレイユたちを見ていた。
なにか決心したような、そんな面持ちの彼女を前にしたクラウスは、怒りを抑えて見守ることにした。
アンジェリカはクラウスを止めていた右手を下ろすと、腹部の前で綺麗に左手と重ねた。
「……お怪我はありませんでしたか?」
女神のような微笑みで、ミレイユたちに声をかけるアンジェリカ。
それを見たミレイユたちは、暖かな光に包まれた気がした。
アンジェリカの神々しいまでの優しさに、ミレイユも、ユリウスも、アマンダも……自分たちは救われるに違いないと確信した。
次のアンジェリカの言葉を聞くまでは――。
「は、はい、大丈夫ですわ! さすがお姉様、慈悲深くてお優しい――」
「どこのどなたか存じませんが、馬車の前に飛び出しては危ないですよ」
ミレイユたちの時が止まる。
凍りついたかのように、表情も身体も、固くなって動かない。
今、なんと言ったのか。
三人とも耳を疑い、現実を受け入れられなかった。
決して取り乱さず、優しい笑顔と穏やかな声音で告げられるアンジェリカの台詞。そこには彼女の長年の悲しみと苦悩に対する、ささやかな抵抗が込められていた。
「……あ、あの」
「ブリオット公爵様の行く手を阻まれるなど、首を撥ねられてもおかしくない愚行です。ブリオット公爵様はお優しいので、今回はお見逃しになられますが、次はないと肝に銘じておきなさい」
キッと引き締めた表情で、アンジェリカは三人に言及した。
ミレイユたちは、こんなアンジェリカの顔を見たことがなかった。
気高く、美しく……凛とした立ち姿で貴婦人の風格を纏うアンジェリカに、初めて三人は、自分たちの今までの行いを激しく後悔した。
「……お許しを――」
――カツン。
アンジェリカが高いヒールを鳴らし、胸を張って踵を返す。
その後ろで、蚊の鳴くような声が零れた。
震えながら涙を流し、地面に這いつくばるようにして、ミレイユはアンジェリカの背に手を伸ばした。
「ど、どうかお許しを…………ゆ、ゆる、して、許して、お姉様……私が悪かったわ、今まで冷たくしたこと、叩いたり、嘘をついたことも、全部全部、謝るから――!」
アンジェリカは馬車のそばで足を止めると、顔だけ動かし後ろを振り向いた。
そして彼らをしかと見つめ、明確に言い放つ。
「あなたの望む『お姉様』はもういないわ、私はアンジェリカ・シモンズ・ブリオット……クラウス様の妻よ」
アンジェリカはそう告げると、再び歩き出し、馬車に乗り込んだ。
消えていった彼女を、ミレイユたちは茫然と眺め、やがて地面に突っ伏した。
かつて、アンジェリカの家族だった――いや、家族だと信じていた人々は、自らの愚かさで身を滅ぼし、最悪の結末を迎えることとなった。