元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 クラウスも座席に乗ると、馬車はミレイユたちを避けて、進行を再開した。
 白馬の動きに合わせ、馬車が緩やかに揺れる。

「驚きました、あんなにキッパリと拒絶を示されるとは――」

 クラウスは言葉を切った。
 隣に座ったアンジェリカが、震えていることに気づいたからだ。
 アンジェリカはお腹を抱えるような形で、重ねた手と手を強く握りしめていた。

「……私、上手くできていたかしら……? あなたの妻として、恥ずかしくないよう、振る舞えていた……?」

 どんなにひどい仕打ちを受けても、アンジェリカは肉親を嫌いにはなれなかった。
 きっと、いつかわかってくれると、甘い考えを捨てきれなかったからだ。
 しかし、クラウスと出会ってわかった。
 愛されることの真の喜びと、強い意志を持って生きることの美しさ。
 だからアンジェリカは勇気を振り絞り、偽物との決別を誓った。
 例え、心が血を流そうとも、大丈夫、すぐに傷は塞がって、そうしたらもっと輝けるようになるから。
 そう思えたのは、誰のおかげなのか――そんなこと、アンジェリカには、もうとっくにわかっていた。
 
「はい……できていました、とてもご立派でしたよ」

 アンジェリカは顔を上げ、クラウスを見た。
 すべてを赦し、包み込むような、愛に満ちた微笑み。
 それを前にしただけで、アンジェリカの心は温かな鼓動を取り戻す。

「……クラウス」
「はい」
「クラウス」
「はい」
「クラウス――……!」

 アンジェリカは両腕をクラウスの首に絡め、抱きつくように唇を重ねた。
 頭で考えるよりも先に、身体が勝手に動いた。
 さっきまで告白のことを、細かく考えていたのが信じられないくらい、感情が溢れ出して止まらなかった。

「私……あなたが、好き――」

 あまりに突然のことに、クラウスはあっけに取られたままアンジェリカを見つめた。
 涙ぐみ、鼻の頭を赤くしたアンジェリカは、一心にクラウスだけを映している。

「クラウスがいなかったら、ここまで来れなかった、今の私に、出会うこともないまま終わってた……ありがとう、クラウス……ごめんなさい、待たせて……やっと、あなたの気持ちに追いついたから――」

 徐々に動き出したクラウスの思考が、アンジェリカの一言一句を余すとこなく拾い上げる。
 やがて理解に及ぶと、クラウスは夢のような幸せに目を細めた。
 感激のあまり言葉を失ったクラウスは、『ありがとう』と『愛してる』の代わりに、アンジェリカを力の限り強く抱きしめた。
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