年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜
キャビネットに事務用品を無事補充し終えた私達が席に戻ると、先に戻っていた田中君は課長に指摘を受けた契約書の手直しの真っ最中だった。
「田中君、さっきはありがとう」
「田中ぁ、お前の後は俺が引き継いで手伝ってやったから感謝しろよー」
それぞれに声をかけると田中君は顔を上げてこちらを見上げ、へにょりと眉を下げてみせる。
「小西さん、途中で抜けてすみませんでした。……高橋も、なんか悪かったな。ありがとう」
そう言うと、それにしても課長もミスの指摘をあんな大声で言わなくてもいいじゃないですかねえ、とぶつくさ文句を言うのだった。
確かに『荻』と『萩』はともかく、『大山』と『犬山』の間違いを指摘されるのは中々恥ずかしいよね……。
思わず「なんで大山と犬山って間違えたのかしらね?」と呟くと、それが聞こえた田中君は、私が先日フロアの壁に貼った、総務から配布された「交通安全強化月間」の文字と子犬の写真が大きく掲載されたポスターに物憂げな視線を向けた。
「……俺、なんか知らないですけど、あのポスターが目に入っちゃうんですよね……。だから多分あれにつられて『犬』って書いちゃったんだと思います……」
そう答えると、田中君は机に顔を突っ伏せて、「あーっ!今俺絶対小西さんにバカだと思われたっ!」と、大袈裟な様子で嘆くのだった。
大丈夫、そんな迂闊な田中君も好きだから。
そんなこと口には出せないけれど、『子犬の写真に気を取られて、余計な一文字を書き足している田中君』をつい想像してしまう。
その注意力がお留守になった子供みたいな可愛い様を思い浮かべると、つい一人顔がニヤつきそうになってしまうので、咄嗟に口元を押さえてコホンと咳き込む振りをする。
まあ、確かにあの写真の子犬は可愛いもんね……。と適当な相づちを打つと、
「じゃ訂正作業頑張ってね。何か手伝えることがあれば声掛けてね?」
私はそう言って自分の作業に戻るのだった。
――
さて午後の休憩時間。
恋愛相談を持ちかけられて以来、不定期に5分間ばかりお互いの話を聞く機会を設けるのが恒例になっていた私と高橋君は、先程の約束通り相談にのるべくそれぞれ時間差で休憩室へと足を向けた。
背後からのハグを連想させられた、田中君とのあの胸キュンシーンについても今日は私も語りたいな、と休憩室の扉を開くと先に来ていた高橋君はいつものシュッとした姿はどこへやら。背中を丸めてしょんぼりコーヒーをすすっていたのだった。
「なになに?何かあったの?」
「俺がモテるのは、俺のせいじゃないですよねえ?」
「……ん?なにそれ?」
その様子が気になって早速話を促してみると、返ってきてのは禅問答のような、自慢のような、自虐のような、なんだかよくわからない回答だった。
「田中君、さっきはありがとう」
「田中ぁ、お前の後は俺が引き継いで手伝ってやったから感謝しろよー」
それぞれに声をかけると田中君は顔を上げてこちらを見上げ、へにょりと眉を下げてみせる。
「小西さん、途中で抜けてすみませんでした。……高橋も、なんか悪かったな。ありがとう」
そう言うと、それにしても課長もミスの指摘をあんな大声で言わなくてもいいじゃないですかねえ、とぶつくさ文句を言うのだった。
確かに『荻』と『萩』はともかく、『大山』と『犬山』の間違いを指摘されるのは中々恥ずかしいよね……。
思わず「なんで大山と犬山って間違えたのかしらね?」と呟くと、それが聞こえた田中君は、私が先日フロアの壁に貼った、総務から配布された「交通安全強化月間」の文字と子犬の写真が大きく掲載されたポスターに物憂げな視線を向けた。
「……俺、なんか知らないですけど、あのポスターが目に入っちゃうんですよね……。だから多分あれにつられて『犬』って書いちゃったんだと思います……」
そう答えると、田中君は机に顔を突っ伏せて、「あーっ!今俺絶対小西さんにバカだと思われたっ!」と、大袈裟な様子で嘆くのだった。
大丈夫、そんな迂闊な田中君も好きだから。
そんなこと口には出せないけれど、『子犬の写真に気を取られて、余計な一文字を書き足している田中君』をつい想像してしまう。
その注意力がお留守になった子供みたいな可愛い様を思い浮かべると、つい一人顔がニヤつきそうになってしまうので、咄嗟に口元を押さえてコホンと咳き込む振りをする。
まあ、確かにあの写真の子犬は可愛いもんね……。と適当な相づちを打つと、
「じゃ訂正作業頑張ってね。何か手伝えることがあれば声掛けてね?」
私はそう言って自分の作業に戻るのだった。
――
さて午後の休憩時間。
恋愛相談を持ちかけられて以来、不定期に5分間ばかりお互いの話を聞く機会を設けるのが恒例になっていた私と高橋君は、先程の約束通り相談にのるべくそれぞれ時間差で休憩室へと足を向けた。
背後からのハグを連想させられた、田中君とのあの胸キュンシーンについても今日は私も語りたいな、と休憩室の扉を開くと先に来ていた高橋君はいつものシュッとした姿はどこへやら。背中を丸めてしょんぼりコーヒーをすすっていたのだった。
「なになに?何かあったの?」
「俺がモテるのは、俺のせいじゃないですよねえ?」
「……ん?なにそれ?」
その様子が気になって早速話を促してみると、返ってきてのは禅問答のような、自慢のような、自虐のような、なんだかよくわからない回答だった。