早河シリーズ最終幕【人形劇】
12月11日(Fri)

 目を覚ました浅丘美月は身体のだるさを感じて顔をしかめた。脚も重く、目眩も感じる。

ここは赤坂ロイヤルホテル3003号室のベッドの上。枕元のデジタル時計の表示は午前7時30分、この部屋で迎える二度目の朝だ。

 のそのそとベッドから這い出て、脚のだるさを引きずって隣のリビングルームに向かった。リビングに漂うコーヒーの香りと、そこにいる人物に今さら驚きはしない。

「……来ていたんですか」
『おはよう』

ソファーに座る三浦英司が優雅にコーヒーを味わっていた。広げた新聞から顔を上げた彼は美月を一瞥する。

「おはようございます。先生ってほんっとにどこにでも現れますね。女の子が寝ている部屋に無断で侵入してコーヒー飲んでるなんて、どんな神経しているんですか?」
『それだけ口が回るなら思っていたよりも元気そうだな』

 三浦は美月の抗議の声を聞き流して新聞に視線を戻した。美月も今朝は三浦と舌戦《ぜっせん》する気分にはなれない。

溜息と目眩から額を押さえて彼女は洗面所に入った。歯磨きの準備をしている時に目に入った鏡に映る自分の顔に驚愕する。

「酷い顔。この顔のどこが、“元気そうだな”なのよ」

 昨夜の美月は心身ともに疲れ果てていた。それなのになかなか寝付けず、眠れたのは深夜1時を過ぎてからだった。

 寝不足と一連の出来事の疲労で目元にはクマが住み着いている。普段はめったに出来ない吹き出物が顎にひとつ出来ていた。

慣れないホテル生活の環境や食事の影響か、エステサロンでつけてもらったファンデーションが合わなかったかもしれない。

(女ってめんどくさい……)

何かひとつでも日常から逸脱した出来事があると、女の身体はたちまち拒否反応を見せる。面倒な生き物だ。
吹き出物を見つけた朝は身支度を整えるのも投げやりな気持ちになる。

 洗顔とスキンケアを済ませてリビングに戻ると三浦の姿はなく、リビングに面して設けられたバルコニーに大きな背中を見つけた。

美月は窓を開けてバルコニーの外に出た。朝の冷たい空気に触れて身を竦める彼女は三浦の横に並んだ。

「風邪引きますよ」
『君こそ風邪を引くから部屋に入っていなさい』

 三浦の持つ煙草の煙が朝の風に乗って流れていた。
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