早河シリーズ最終幕【人形劇】
ホテルの回転扉から続々と男達が入ってくる。先頭を切ってロビーを歩いて来るのは警察庁の塩屋だ。
阿部警視直属の部下の塩屋とは早河も何度か顔を合わせたことがあり、早河が塩屋に会釈すると向こうも会釈を返した。
『俺も聞きたいことがある』
『何ですか?』
『俺達が来る直前、ラウンジで誰かと一緒にいたか?』
スパイダーが座っていたカウンター席にはひとり分のコーヒーカップが置かれていた。それはスパイダーが使ったコーヒーカップだ。
彼の隣の席には何もなく、手近の灰皿の中身も空だった。
スパイダーが誰かと一緒にいたと思うのは早河の直感だ。もし早河と真紀がラウンジに入る直前にスパイダーの隣席に何者かがいたとすれば、それはラウンジの手前ですれ違ったあの長身の男ではないのか。
早河とスパイダーは互いに視線をそらさず息を殺して相手の腹のうちを探る。やがてスパイダーが早河を見据えて薄く笑った。
『いいえ。ずっとひとりでしたよ』
彼がそう答えた直後、塩屋が率いる警察庁の人間がスパイダーを取り囲む。手錠を嵌められたままスパイダーは彼らに連行されていった。
『早河さん、今の質問にはどういった意味が? 早河さんがここに到着する前にスパイダーが誰かと一緒にいたと?』
ロビーに立ち尽くす早河の横顔を塩屋が窺う。早河は連行されるスパイダーの姿を苦々しく見送っていた。
『ラウンジの手前ですれ違った男がいたんです。そいつがどうにも気になって。男からは堅気ではない雰囲気を感じました』
『後でホテルのカメラ映像を確認しましょう』
『ええ。ここはカオスの連中がアジトとして潜んでいた場所のようです。ホテル内部の捜索を徹底する必要がありますね』
ホテルに貴嶋が出入りしていたとすればホテルスタッフにもカオスの人間か、貴嶋の支援者がいるだろう。
ここは貴嶋にとっての城、貴嶋の命令ひとつでフロントのホテルマンがこちらに刃物を向ける危険もある。
早河はロビー中央の大きなクリスマスツリーの前で立ち止まって用心深く周囲を観察した。
『ホテルの部屋に浅丘美月が閉じ込められているようです』
『浅丘……ああ、例の明鏡大の大学生ですか?』
『そうです。小山が保護に向かっています。おそらく貴嶋のことも浅丘美月から詳しい話が聞けるでしょう』
ツリーの七色の電飾が光っている。もうすぐクリスマスだ。そんなこともこの頃は忘れていた。
『僕は面識がありませんが、どういった子なんでしょう? 聞いたところでは一般家庭の娘だそうですね』
『俺も3年前に顔を見たっきりですが、普通の女の子ですよ』
『そんな普通の女の子に貴嶋が執着する理由がわかりません』
塩屋が怪訝に思うのは当然だ。数々の凶悪犯罪を裏で指揮してきた犯罪組織のトップが大学生の少女を手に入れようと躍起になっている。
しかし貴嶋も誰でもいいわけではないのだろう。貴嶋の執着は相手が浅丘美月だからこそだ。
『浅丘美月は貴嶋のお気に入りなんですよ』
クリスマスツリーを見上げて早河は塩屋の疑問に答える。塩屋はさらに訳がわからないと言った具合に顔を歪めた。
『お気に入りって……?』
『3年前に浅丘美月は貴嶋に拉致されていますし、その後も奴は何度か浅丘美月の前に現れている。半年前の明鏡大の事件で浅丘美月が陥れられた際には、寺沢莉央が手助けをしていた。貴嶋は相当、彼女を気に入っているようですね』
美月が貴嶋のお気に入りだと早河に教えた女がいる。自分がカオスの人間だと認めた沢井あかりだ。
半年前の夕暮れの対峙の後にあかりがアメリカに帰ったことは矢野の調べでわかっている。では、今回は……?
阿部警視直属の部下の塩屋とは早河も何度か顔を合わせたことがあり、早河が塩屋に会釈すると向こうも会釈を返した。
『俺も聞きたいことがある』
『何ですか?』
『俺達が来る直前、ラウンジで誰かと一緒にいたか?』
スパイダーが座っていたカウンター席にはひとり分のコーヒーカップが置かれていた。それはスパイダーが使ったコーヒーカップだ。
彼の隣の席には何もなく、手近の灰皿の中身も空だった。
スパイダーが誰かと一緒にいたと思うのは早河の直感だ。もし早河と真紀がラウンジに入る直前にスパイダーの隣席に何者かがいたとすれば、それはラウンジの手前ですれ違ったあの長身の男ではないのか。
早河とスパイダーは互いに視線をそらさず息を殺して相手の腹のうちを探る。やがてスパイダーが早河を見据えて薄く笑った。
『いいえ。ずっとひとりでしたよ』
彼がそう答えた直後、塩屋が率いる警察庁の人間がスパイダーを取り囲む。手錠を嵌められたままスパイダーは彼らに連行されていった。
『早河さん、今の質問にはどういった意味が? 早河さんがここに到着する前にスパイダーが誰かと一緒にいたと?』
ロビーに立ち尽くす早河の横顔を塩屋が窺う。早河は連行されるスパイダーの姿を苦々しく見送っていた。
『ラウンジの手前ですれ違った男がいたんです。そいつがどうにも気になって。男からは堅気ではない雰囲気を感じました』
『後でホテルのカメラ映像を確認しましょう』
『ええ。ここはカオスの連中がアジトとして潜んでいた場所のようです。ホテル内部の捜索を徹底する必要がありますね』
ホテルに貴嶋が出入りしていたとすればホテルスタッフにもカオスの人間か、貴嶋の支援者がいるだろう。
ここは貴嶋にとっての城、貴嶋の命令ひとつでフロントのホテルマンがこちらに刃物を向ける危険もある。
早河はロビー中央の大きなクリスマスツリーの前で立ち止まって用心深く周囲を観察した。
『ホテルの部屋に浅丘美月が閉じ込められているようです』
『浅丘……ああ、例の明鏡大の大学生ですか?』
『そうです。小山が保護に向かっています。おそらく貴嶋のことも浅丘美月から詳しい話が聞けるでしょう』
ツリーの七色の電飾が光っている。もうすぐクリスマスだ。そんなこともこの頃は忘れていた。
『僕は面識がありませんが、どういった子なんでしょう? 聞いたところでは一般家庭の娘だそうですね』
『俺も3年前に顔を見たっきりですが、普通の女の子ですよ』
『そんな普通の女の子に貴嶋が執着する理由がわかりません』
塩屋が怪訝に思うのは当然だ。数々の凶悪犯罪を裏で指揮してきた犯罪組織のトップが大学生の少女を手に入れようと躍起になっている。
しかし貴嶋も誰でもいいわけではないのだろう。貴嶋の執着は相手が浅丘美月だからこそだ。
『浅丘美月は貴嶋のお気に入りなんですよ』
クリスマスツリーを見上げて早河は塩屋の疑問に答える。塩屋はさらに訳がわからないと言った具合に顔を歪めた。
『お気に入りって……?』
『3年前に浅丘美月は貴嶋に拉致されていますし、その後も奴は何度か浅丘美月の前に現れている。半年前の明鏡大の事件で浅丘美月が陥れられた際には、寺沢莉央が手助けをしていた。貴嶋は相当、彼女を気に入っているようですね』
美月が貴嶋のお気に入りだと早河に教えた女がいる。自分がカオスの人間だと認めた沢井あかりだ。
半年前の夕暮れの対峙の後にあかりがアメリカに帰ったことは矢野の調べでわかっている。では、今回は……?