早河シリーズ最終幕【人形劇】
 一階と同じくブルーシートが敷かれた部屋に彼女がいた。窓辺に寄り添う寺沢莉央は隼人を見て口元を上げた。

『デートのお誘いに部下を使うなよ』

半年前の夕暮れの別れ以来、二度と会えないと思っていた莉央を前にして、気の効いたセリフが浮かばない。

「あの子が自分からお使いを志願したのよ」

 二人の距離が近付き、互いに触れ合える位置で隼人と莉央は向かい合った。

『沢井に聞いた。爆弾……量を変えたからあれだけで済んだけど本当は……』
「本当はあなたはあの爆弾で殺されるはずだった」
『あんたが指示して変えさせたのか?』

莉央は無言で微笑むだけ。グレージュの髪を耳にかけて彼女は頷く。

『俺を殺すことがキングの命令なのに逆らって大丈夫なのかよ?』
「そうね。今頃キングは不審に思って調べさせているでしょう。調べれば爆薬の量が指示していた量の半分以下になっていることに気付く」

平然と語る莉央の両肩を隼人は掴んだ。

『なんでそんな平気そうに言うんだよ。つまりキングを裏切ったってことだろ? あんたが危ないんじゃ……』
「あなたを殺したくなかったの」

 莉央は両肩を掴む隼人の手に優しく触れて彼の手を下ろさせる。行き場のなくなった隼人の右手を莉央の両手が包み込んだ。

「あなたが死ぬのは嫌だった。……ごめんね」
『どうして謝る?』
「今のあなたは悲しそうな顔してるから」

 触れた手から伝わる莉央のぬくもりが隼人の奥底に眠るどうしようもなく、どうすることもできない感情を加速させる。

『あんたに聞きたいことが山ほどあるんだけどな。今はそんなもの吹っ飛んで頭の中が真っ白だ』

彼は莉央の身体を腕の中に閉じ込めた。きつく抱き締めて抱き合って、二人は沈黙を共有する。

「最後にまたあなたに会えてよかった」
『縁起でもないこと言うな。どこにでも現れる神出鬼没女だろ? またふらっと俺の前に現れろよ』
「本当に変な人ね」

 莉央は隼人の身体を押しやって彼から離れた。彼女は黒色のロングコートのポケットに両手を入れて、子どものように歯を見せて笑う。

「さて問題です。ポケットからは何が出てくると思う?」
『またそれか。……飴?』

苦笑いして答えた隼人に向けて莉央はポケットから出した物を差し出した。
赤いネイルに彩られた莉央の手に握られているのは、棒つきの飴。飴の包み紙は莉央のネイルと同じピンクみのある赤色だった。

「大正解。つまらないなぁ」
『どう見たってそのポケットに拳銃があるとは思えねぇし、煙草吸うにはここは空気が悪い』
「煙草吸うのに空気の良い悪いが関係ある?」
『ある。煙草ってのは空気の良い場所で吸いたくなるんだよ。今度は何味? コーラ?』

 隼人は莉央の持つ飴を受け取って包みを眺めた。半年前に莉央が舐めていた飴は青色のラムネ味。
この包みには苺の絵が描いてある。

「残念。イチゴミルク」
『うわっ。甘そう』
「いらないなら返して」
『ありがたく貰っておく』

イチゴミルクの飴が今度は隼人のコートのポケットに沈んだ。そろそろ秘密のデートもお開きの時間だ。
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