早河シリーズ最終幕【人形劇】
『美月と連絡が取れないんだ。何か知らない?』

 それまで無邪気に笑っていた莉央の表情に翳りが差した。

「……彼女はキングと一緒にいる」
『やっぱりそうか。美月はどこ?』
「今は教えられない。だけどキングがあの子に危害を加えることはない。彼女の身の安全は保証する。何があっても私が守るわ」

莉央の懇願の瞳に嘘は見えない。

『わかった。俺はキングじゃなく、あんたを信じてる。今は足掻いてもどうすることもできないみたいだしな』
「ごめんなさい」

 それ以上の事情を話すつもりはないと言いたげに、彼女は隼人に背を向けた。莉央がもう何も話してはくれないと察して諦めた隼人も彼女に背を向ける。

『死ぬなよ。……莉央』

 無言の背中に語りかけて彼は階段を駆け降りた。一階の扉を背にして沢井あかりが待っていた。

「駅まで送ります」
『いい。お前は主人の側にいてやれ』

あかりが開けた扉から外に出る直前に隼人は足を止める。後方のあかりが怪訝に隼人を見上げた。

『間宮先生を殺したのは佐藤だ』
「唐突に古い話をしますね」
『まだ3年しか経ってねぇだろ。あの時、佐藤は間宮先生の殺害をある人間からの指示だと言っていた。佐藤に指示を出せる人間……間宮先生の殺害はキングの命令だろ?』

声を出して苦笑したあかりは、笑った顔のまま隼人をねめつけた。

「先輩、サラリーマンよりも刑事になった方が向いていますよ。そこまでわかっているのなら、私に聞くまでもないと思いますが」
『キングの命令だったとしてもお前が個人的に間宮先生を恨んでいたと俺は思ってる』
「だとしても私は間宮先生を殺していない」
『ああ、そうだ。お前は殺していない。だが……どこからが犯罪なんだろうな』

 閉まろうとする力が働く扉を片手で押さえる。立て付けの悪い扉が軋んで不快な音を奏でていた。

「どこからが犯罪かなんて人間には決められません。それは神のみぞ知ることです」
『はっ。神ねぇ。このまま美月とも会わないつもり? それとも、もう会ったのか?』

渡辺亮の名には反応を見せなかったあかりが美月の名にはわかりやすく狼狽した。やはり、あかりのウィークポイントは美月だ。

「美月ちゃんとは会っていません」
『それでいいのか?』
「会いたいですよ。あの子は私の光なんです。でも会えない。私には美月ちゃんに会う資格がない」
『美月は今でも沢井を慕ってる。3年前のあの事件の後に音信不通になったお前のことを、あいつはずっと信じてるんだ。……そういうとこ、美月らしいよな』

 軋む扉の外に彼は足を伸ばす。あかりの声が聞こえる代わりに音を立てて扉が閉まった。

寺沢莉央と沢井あかり。二人の女との秘密の会談を終えた隼人は芝公園駅に繋がる道を引き返した。

 これが12月9日の隼人の身に起きた出来事のすべてだ。
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