早河シリーズ最終幕【人形劇】
 混沌とした気持ちを抱えてランチタイムが終了した。
レストランを出た美月は貴嶋と三浦に挟まれてエレベーターに乗せられる。三浦が九階のボタンを押した。

「九階? 部屋に戻るんじゃないの?」
『美月を連れて行きたい場所があるんだ。きっと君が喜ぶ場所だよ』

嬉々とする貴嶋に不信感が募る。喜ぶと言われてもこの軟禁状態では何があっても喜べない。九階では外に逃げ出すのも不可能だ。

 エレベーターが九階のフロアに到着した。扉が開いた瞬間にアロマオイルの甘い香りが美月を包み込む。
エレベーターを降りた先に見えたガラス扉が開かれて、ナース服に似た制服を着た女性が現れた。年齢は三十代の半ば辺りに見える。

「お待ちしておりました」

 女性が美月を見て微笑んだ。戸惑いを隠せない美月は貴嶋と三浦に説明を求める眼差しを向けるが、三浦は壁にもたれて明後日の方向を見ているだけ。彼の無関心を装う態度が気に障る。

『今でも君は充分美しいが、さらに綺麗になっておいで。頼むよ』
「はい。お任せください」

少しだけ膨れっ面の美月の肩を貴嶋が抱いて、彼は女性に目を向けた。

「頼むって何を……」
「浅丘様、こちらへどうぞ」

 貴嶋に聞きたいこと、言いたいことは山ほどある。しかし女性に促されて仕方なく美月は甘い香りが充満するガラス扉の向こう側に足を進めた。

 自己紹介もしていないのに美月の苗字を呼ぶ女性に更衣室に誘導され、言われるがまま渡されたチューブトップのガウンに着替えた。

この空間に入った時から大方の予想はついていたが、ここはエステサロンだ。
ガウンを着た美月が連れて行かれたのはリクライニングチェアーが並ぶ施術ルーム。

「あの……私、エステの予約はしていませんが……」
「お連れ様からご予約を承っておりますよ」

お連れ様とはキングか三浦のどちらかだろう。いつの間に予約を?

 カウンセリングシートと呼ばれる用紙に必要事項の記入をした後は座っていたリクライニングチェアーが倒されて美月の視界には明るく白い天井が映る。

(キングはどうして私をエステに連れて来たの?)

「まずはクレンジングから始めますね」

 美月は目を閉じた。頭の中は多くの疑問で埋まっていても、エステティシャンの巧みなハンドマッサージを受けていると気持ち良さに眠気が襲う。顔に当たるスチーマーの蒸気も心地いい。

人生初のエステをこんな形で経験するとは思わなかった。美月の精神はいつの間にか、甘い香りが漂う極楽の世界に溶けていた。
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