早河シリーズ最終幕【人形劇】
 美月を九階エステサロンに残して貴嶋と佐藤は九階から三十四階のラウンジに向かった。

三十四階のラウンジもひとつ上の三十五階のレストランと同じ全面ガラス張りだ。貴嶋はラウンジのソファーから曇り空に霞む東京の街を見下ろした。

『美月の仕上がりが楽しみだね。君もドレスアップした彼女を見るのが楽しみだろう?』
『まぁ……そうですね』

 コーヒーを飲む佐藤は気のない返事を返す。貴嶋への疑念と戸惑いにまみれた美月に、手を差し伸べることもできない己の不甲斐なさに彼は苛立っていた。

『美月が私のお人形さんになることに君は反発しているね?』
『そうではありません。ただ美月は誰の操り人形にもなりませんよ』
『わかっているよ。そこがあの子は面白い』

 サングラスをかけた男と眼鏡の男が連れ立ってこちらに歩いてくる。サングラスの男はファントムの黒崎来人、眼鏡の男はスパイダーだ。

『おや、ファントムとスパイダー。君達もコーヒーブレイクかい?』
『仕事が一段落しましたので。ラストクロウ、隣いいかな?』
『ああ』

黒崎が佐藤の隣に腰掛け、スパイダーは貴嶋達とは少し離れたカウンター席についた。

『その三浦のマスク、我ながらいい出来だな。本物の三浦英司にそっくりだ』

 黒崎はサングラス越しに佐藤が着用している三浦の変装マスクをまじまじと眺める。ハリウッドで学んだ特殊メイクで培《つちか》った黒崎の変装マスクの特徴は本物の皮膚と同じような質感にあった。

見ている分には違和感がなく、カオスのメンバー以外は誰も、三浦英司が佐藤瞬の変装だとは気が付かない。

『マスクの不具合や粗はないか?』
『特には。強いて言えば顔が良すぎることだな』
『ははっ。そこは勘弁してくれよ。モデルの顔が良すぎたんだ』

 黒崎の注文を聞いたウエイトレスが去った。スパイダーはカウンターの隅でノートパソコンを広げている。
このメンバーでは口数の多く社交的な黒崎が率先して話を始めた。

『林田が失敗したようですね。矢野一輝、命は繋ぎ止めたらしいですよ』
『そこも織り込み済みさ。林田はケルベロスのように手際よくは出来ないだろうと思っていたよ』

 矢野を襲わせた警視庁警備部の林田刑事の処遇は手駒にしている笹本警視総監に言い含めてある。貴嶋にとっては林田も笹本も捨て駒だ。

先月に早河と雌雄を決して敗北したケルベロスと比べれば、林田や笹本は切り捨てても惜しくはない。

『ケルベロスは人殺しに迷いがなかった。彼は業務を迅速かつ確実に遂行する。これから先もケルベロス以上の人材は現れないかもしれないね』

 貴嶋が懐から取り出した煙草の銘柄はいつも彼が好む物ではなく、ケルベロスが愛煙していた銘柄だった。
< 89 / 167 >

この作品をシェア

pagetop