早河シリーズ短編集【masquerade】
これまでは気付かないフリを続けていたが、それも今日までだ。
『“愛している女はいる”』
悲しげに眉を下げたレイリーは佐藤の首筋に腕を回して彼にしがみつく。佐藤は彼女の長い黒髪を丁寧に撫でた。
「“私には愛しているって一度も言ったことないよね。やっぱり恋人いるんだ”」
『“いや。もう恋人じゃない”』
「“え? 別れちゃったの?”」
『“彼女の中では俺は死んだことになってる。そうさせたんだ”』
レイリーの声に嬉々とした感情が宿るも、すぐにその喜びは勢いを失う。
『“3年前に俺は彼女を傷付け、彼女の前から消えた。あの子に恨まれて嫌われても仕方のないことをしたんだ。このまま死んだと思われている方が彼女のためになる”』
「“だけどシュンはまだ彼女を愛している……?”」
『“愛している。どうしてだろうな。3年も経つのにまだ愛しいと思ってしまうんだよ”』
佐藤が悲しい瞳で優しく笑った。彼のそんな表情をレイリーは一度も見たことがない。
彼女は唇を噛んで佐藤から離れた。佐藤の目の前で恥ずかしげもなくバスローブを脱ぎ捨て、衣服を身に付けた。
「“……帰るね”」
『“ああ。今日の料金だ”』
佐藤とレイリーの関係はあくまでも客と娼婦。レイリーは渡された札束を無言で受け取ってバッグに収める。
レイリーが所属する娼婦組織は富裕層を相手にしているが、中国の高級娼婦が貰う平均的な金額よりもはるかに多い金額を佐藤はレイリーに支払っていた。
娼婦としての金額だけではなく、レイリーがもたらす情報料も含まれている。
最後に長い別れのキスを交わした。二人の間のいつもの儀式。
今日のさよならのキスはレイリーにとって切なくて苦しい、恋の終わりを告げるキスだった。
レイリーが帰った後の部屋で佐藤は物思いに耽る。3年前に佐藤瞬は死んだ。
静岡連続殺人事件は被疑者死亡で捜査は終了。佐藤瞬の経歴はこの世から抹消された。
今の自分は佐藤瞬であって佐藤瞬ではない。何通りもの名前と身分を使い分ける幽霊だ。
もはや佐藤瞬ではなくなった自分が日本に帰る……その意味を彼は考えていた。
日本に戻れば美月に会わずにはいられない。
会いたい、一目でいいから顔が見たい、抱き締めたい。
──佐藤さん……
少女の柔らかな声が脳内にこだました。いつまでも忘れられない美月の声の記憶に誘われて、佐藤は3年前の夏の月夜を思い出す……。
『“愛している女はいる”』
悲しげに眉を下げたレイリーは佐藤の首筋に腕を回して彼にしがみつく。佐藤は彼女の長い黒髪を丁寧に撫でた。
「“私には愛しているって一度も言ったことないよね。やっぱり恋人いるんだ”」
『“いや。もう恋人じゃない”』
「“え? 別れちゃったの?”」
『“彼女の中では俺は死んだことになってる。そうさせたんだ”』
レイリーの声に嬉々とした感情が宿るも、すぐにその喜びは勢いを失う。
『“3年前に俺は彼女を傷付け、彼女の前から消えた。あの子に恨まれて嫌われても仕方のないことをしたんだ。このまま死んだと思われている方が彼女のためになる”』
「“だけどシュンはまだ彼女を愛している……?”」
『“愛している。どうしてだろうな。3年も経つのにまだ愛しいと思ってしまうんだよ”』
佐藤が悲しい瞳で優しく笑った。彼のそんな表情をレイリーは一度も見たことがない。
彼女は唇を噛んで佐藤から離れた。佐藤の目の前で恥ずかしげもなくバスローブを脱ぎ捨て、衣服を身に付けた。
「“……帰るね”」
『“ああ。今日の料金だ”』
佐藤とレイリーの関係はあくまでも客と娼婦。レイリーは渡された札束を無言で受け取ってバッグに収める。
レイリーが所属する娼婦組織は富裕層を相手にしているが、中国の高級娼婦が貰う平均的な金額よりもはるかに多い金額を佐藤はレイリーに支払っていた。
娼婦としての金額だけではなく、レイリーがもたらす情報料も含まれている。
最後に長い別れのキスを交わした。二人の間のいつもの儀式。
今日のさよならのキスはレイリーにとって切なくて苦しい、恋の終わりを告げるキスだった。
レイリーが帰った後の部屋で佐藤は物思いに耽る。3年前に佐藤瞬は死んだ。
静岡連続殺人事件は被疑者死亡で捜査は終了。佐藤瞬の経歴はこの世から抹消された。
今の自分は佐藤瞬であって佐藤瞬ではない。何通りもの名前と身分を使い分ける幽霊だ。
もはや佐藤瞬ではなくなった自分が日本に帰る……その意味を彼は考えていた。
日本に戻れば美月に会わずにはいられない。
会いたい、一目でいいから顔が見たい、抱き締めたい。
──佐藤さん……
少女の柔らかな声が脳内にこだました。いつまでも忘れられない美月の声の記憶に誘われて、佐藤は3年前の夏の月夜を思い出す……。