早河シリーズ短編集【masquerade】
 渋谷から恵比寿に出て、駅前のあのカフェに到着した。外から店内を見ると今日は高校生も多い。

「混んでるね。どうしよう?」
「ここまで来たんだし入ろう」

本当は他のカフェにしようと奈保に言おうか迷ったが、この店の雰囲気が有紗は好きだった。それに店を目の前にするとここのキャラメルマキアートが無性に飲みたくなった。

(加納がいてもいなくても、もうどっちでもいいや)

 しかし注文待ちの列に並んでいても無意識に加納の姿を捜している自分に戸惑う。加納の姿はレジにも店内にもなく、注文を担当してくれた店員は愛想のいい女性店員だった。

いつもここにいる人がいないと、なんだか寂しい。ホッとしているのに物足りなさも感じる。
あの憎たらしいほど無愛想な店員がいないと、この店に来ている気がしなかった。

 奈保が空いているソファー席を確保した。有紗は奈保の分といつものキャラメルマキアートが出来るのをレジカウンターの隅で待つ。

「加納くーん。交代、交代」

かのう、の三文字に有紗の耳が反応する。有紗の接客を担当した女性店員が厨房の方に声をかけていた。

『また来たのか』

有紗の予感は的中した。厨房から現れた加納は女性店員と交代してレジに入ると有紗を一瞥する。

「来ちゃ悪いですか。こっちはお客さんですよ」
『別に。よく来るから高校生はよっぽど暇なんだなと思って』

 加納は澄ました顔でエプロンの歪みを直している。よりによって今日も会ってしまった憎たらしい男に向けて、有紗は心の中であっかんべーと舌を出した。

 キャラメルマキアートと奈保のチョコレートモカを受け取ってレジ前を去ろうとした時、注文の最前列に並んでいた女が有紗を見た。

「あれー? 有紗じゃん」
「……美咲?」

 名前を呼ばれた有紗は顔を強張らせた。そこには去年、聖蘭学園を退学した元クラスメートの古賀美咲がいた。

キャバクラ嬢の髪型のような、頭部が盛り上がった傷んだ金髪とアイメイクの濃い目元も去年と変わらない。美咲は男連れで、隣にいる男も金髪の派手な男だった。

美咲は聖蘭学園の制服姿の有紗を見てせせら笑う。

「あんたまだコーコーセーやってたんだ。意外ぃー。髪もそんなに黒くしちゃってさぁ、今さら何イイコチャンぶってるの?」

 有紗は無言で冷たい視線を返した。言い返すのも馬鹿馬鹿しい。
レジにいる加納が有紗と美咲の間に漂う張り詰めた空気をどう感じたかは不明だが、彼はカウンターからわずかに身を乗り出した。

『お客様、ご注文はお決まりでしょうか?』

 美咲に営業用の愛想を振り撒く加納に今は救われた気持ちになる。有紗は美咲を放って奈保が待つソファー席に向かった。
奈保が眉をひそめてレジ前にいる美咲を指差す。

「あれって美咲?」
「うん。変わってないよね」

有紗は美咲に背を向ける形でソファーに座り、温かいキャメルマキアートを飲んだ。

 心臓の動きが異様に速いのは、美咲に会ったことで封印していた1年前の記憶が今にもフラッシュバックしようとしているから。

1年前とこの前の──。
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