早河シリーズ短編集【masquerade】
 頭が痛い。呼吸が苦しくて息ができない。嫌な記憶は流れ続ける。

『おい、大丈夫か?』

無愛想でムカつくあの店員の声も遠くに聞こえた。

(早河さん……助けて……)

意識が途切れる寸前に感じた温かい胸元。包まれた優しいぬくもりの感覚は早河に似ていた。
また早河が助けに来てくれたのかと思ったが、そうじゃない。

(馬鹿だな私。振られたのに失恋したのに、まだ早河さん離れできてない。早河さんはもう、私のヒーローじゃないのにね……)


 ──目覚めた時に視界に広がる眩しい光に有紗は目を細めた。視線を彷徨わせると、眩しいと感じた光は電気の灯りだった。

(ここどこ?)

『起きたか』
「……きゃあっっ!」

突然目の前に現れた加納の顔に驚いた有紗は短い悲鳴を上げた。

『きゃあって何だよ。失礼な奴だな』
「あ……ごめんなさい。びっくりして……。ここは?」

起き上がった時に頭がズキズキ痛んだ。有紗はこめかみを押さえて顔をしかめる。

『うちの更衣室。あんたが寝てるとこはただのソファーだから、気を付けないと落ちるぞ』

 ぞんざいな言い方だがさりげなく注意を促してくれたらしい。有紗が寝かされていた場所は大きめのソファー、身体の上には女物のふかふかしたブランケットがかけられていた。

 部屋には灰色のロッカーが並び、加納は有紗の近くに置いたパイプ椅子に座っている。

「あの……私どうしちゃったんですか?」
『それを聞きたいのはこっちなんだけど。店の中でケンカ始めたと思えば、あんたが急に震え出して意識失って倒れたんだ。覚えてねぇの?』

有紗は両手で顔を覆って項垂れた。

「意識を失くす前までは覚えています。ご迷惑おかけしてすみません……」
『一応、救急車呼ぼうとしたんだけど、あんたの友達がそれは止めてくれって言ったんだ。あんたは騒ぎを大きくしたくないだろうからって……。店長と相談してしばらくここで休ませておくことになった。他に聞きたいことは?』
「えっと……奈保は……一緒にいた友達は……」

更衣室に奈保はいなかった。有紗のコートと荷物は加納の横のパイプ椅子の上に置いてある。

『20分くらい前まではここにいたんだけど遅くなるし帰した。すっげー心配してたから後で連絡してやれよ』
「はい……」
『気分は?』
「ちょっと頭が痛いですけど……大丈夫です」
『そ。少し待ってろ。何か身体あったまる飲み物持ってきてやる。それと、その膝掛けはうちのスタッフの物だから汚すなよ』

 加納が更衣室を出ていった。雑然とする部屋にひとりで残された有紗は途端に心細くなる。

「また発作起きて倒れちゃった……」

体がだるい。PTSDの発作が起きた時はいつもこうなる。
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