早河シリーズ短編集【masquerade】
 スクールバッグに手を伸ばして金平糖の巾着袋を取り出した。金平糖を二粒口に入れる。
金平糖は御守り。薬やどんな治療よりも効く、精神安定剤だ。

 ──“全部有紗のせい”──
美咲に言われた言葉が繰り返し再生される。

 1年前の聖蘭学園生徒連続殺人事件もこの前学校で起きた刺傷事件も、犯人の標的は有紗だった。
去年殺された先輩や同級生、この前被害に遭った生徒や教師達は巻き込まれただけ。


 ──“有紗。事件のことを私のせいと思ってはいけないよ。私のせいと思うことは被害妄想だ。悪いのは犯人であって有紗じゃない。私のせいだと思うことは亡くなった人に失礼だよ。有紗がやらなければいけないことは生かされた命で精一杯生きることだ”──


 精神科医の父の言葉を思い出して彼女は目を閉じた。事件が起きたことを自分のせいと思い込んで悲劇のヒロインぶるのは、亡くなった人に失礼だ。

それでもどれだけ有紗が事件から距離を置こうとしても周りがそうさせてくれない。
美咲のようにあの事件は有紗のせいだと後ろ指を指す人間は他にもいる。
何も知らない人間に好き勝手に非難されることが悔しかった。

 涙が滲んで一筋流れる。ここは自分の部屋ではないのに涙が止まらない。
扉をノックする音が聞こえても泣き止むことができなかった。

『あんたハーブティー飲める? ……泣いてんのか?』

加納が戻ってきても有紗は泣き続けた。崩れてしまった心はなかなか平静には戻らない。

 短い溜息とパイプ椅子の部品が軋む音がした。耳元で加納の息遣いを感じたと思えば、有紗の身体は温かくて優しいぬくもりに包まれていた。

このぬくもりは意識を失う寸前にも感じたあのぬくもりだ。

『いつもはバカみたいにうるさくて元気なのにな』
「バカって……ひどい……」

あったかい、やさしいぬくもり。早河に似ている落ち着くぬくもりにさらに涙が溢れた。

『あんたの過去に何があったか知らないけど、一緒にいた友達とか……あんたの味方になってくれる人間は沢山いると思う。だからそんなに泣くな』

加納だって事情を何も知らない。でも今は彼の言葉が嬉しくて彼のぬくもりに救われた。

「加納くん、ミントティーならすぐ出来るけど……うわっ! ごめんね、お取り込み中だったね」

 有紗の接客を担当してくれた女性店員が更衣室の扉から顔を出してすぐに扉を閉めた。舌打ちした加納は有紗から離れ、閉められた扉を開けて廊下に出た。

『お取り込み中ってそんなんじゃないですから』
「いいのいいの、気にしないで。彼女が目を覚ましたなら加納くんも一緒に帰ってあげなよ。もう今日は上がっていいって店長言ってたよ」
『何で俺が一緒に……』
「あの子のこと心配なんでしょ?」

廊下でのやりとりは有紗には聞こえない。口ごもる加納を押し退けて女性店員は更衣室にいる有紗に声をかけた。
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