早河シリーズ短編集【masquerade】
 有紗はミントティーの入る温かいマグカップに冷えた手を添えた。

「美咲があんな大声で話していたのに皆さん何も聞かないんですね」
『人の事情を根掘り葉掘り探るほどみんな暇じゃねぇよ。クッキー食べる?』

 カウンターにはキャラクターの絵のついたお菓子の缶が置かれ、缶の蓋にはご自由にどうぞと貼り紙がしてある。スタッフの誰かがテーマパークに行った時のお土産のようだ。

有紗は加納からクッキーを受け取った。クッキーの袋にも可愛らしいキャラクターの絵柄がプリントされていた。

『中には詮索好きな奴もいるけど、それなりに生きてればみんな色々抱えてるものだろ。身軽な人間の方が少ない』
「加納さんも色々抱えているんですか?」
『俺はまぁ……強いて言うなら大学の奨学金の返済とか、就職とか。麻生さんもあれでシングルマザーなんだぞ』
「そうなんですかっ? あの人まだ大学生くらいに見えましたけど……子どもがいるなんて見えなかった」

 ミントティーを作ってくれた麻生がシングルマザー。人は見かけによらない。

『あんまり人のことペラペラ喋るもんじゃないけど、麻生さんは高校の時に出産してるって言ってた。子どもは小学生だ。みんな色々抱えてるんだよ。だからその……あんたはうちによく来てくれる常連だし、常連の顔はスタッフは覚えてるものだ。あんたの事情がどうあれうちの店の大切なお客さん。あのケバい女よりもな』

加納の言葉に涙腺が緩む。最近は泣いてばかりだ。ちょっとしたことでも涙が出る。

『話聞いて欲しいなら聞くけど、なんだかデリケートな話っぽいし、あまり言いたくないだろ?』

泣きながら有紗は頷いた。無愛想で態度が悪いくせに、どうして今日の彼はこんなに優しくしてくれるのか不思議だった。

 ミントティーを飲み終えて有紗は加納と一緒に店を出た。
外は日暮れが迫っている。結局、昼過ぎにカフェに入ってから3時間ほど滞在してしまった。

近くの恵比寿駅まで加納と肩を並べて歩く。有紗を気遣っているのか、加納は有紗の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれた。
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