早河シリーズ短編集【masquerade】
2010年1月23日(Sat)
午後2時、群馬県の草津温泉バスターミナルにバスが到着した。
東京から4時間のバスの旅を終えて早河となぎさは雪の積もる温泉街に降り立った。なぎさは青空に向けて背伸びをする。
年が明けて2010年、なぎさの両親への新年の挨拶も済み、仕事初めから慌ただしく働いてきた早河夫妻の待ちに待った新婚旅行の日が訪れた。
新婚旅行先を海外にこだわる夫妻もいるが、早河となぎさにとっては温泉に入ってゆっくりと過ごせる二人の時間があれば、それだけで充分だった。
「やっぱり寒いね。早く足湯に入りたい」
『だな。道凍ってるとこあるし滑るから気を付けろよ……』
早河がなぎさの手を握った瞬間に後方から大きな音が聞こえた。驚いた二人が振り返ると、マフラーと深く被ったニット帽で顔がほとんど見えない女が尻餅をついて座り込んでいた。
凍結している場所で滑って転んでしまったらしい。
「大丈夫ですか?」
女が転んだ拍子に飛ばしてしまったハンドバッグを拾ったなぎさは、彼女に手を差し伸べた。
「すみません……」
女は差し出されたなぎさの手を取って立ち上がる。彼女は服についた雪を払い、受け取ったバッグとキャリーケースを引いてそそくさと歩いていった。
「今の人、同じバスに乗ってた人だよね。乗り場からひとりだったけど一人旅かな?」
『そうかもな……』
女はベージュのロングコートとマフラーにブーツ、目元ぎりぎりに深く被ったニット帽から見える髪は肩までの長さの茶髪。
かろうじて見える目元の部分で判断すると年齢は20代から30代前半、一見してどこにでもいる風貌の女だ。
しかし今の女、何か気になった。
東京のバス乗り場から早河達と一緒にバスに乗り込んだ時も、道中でのトイレ休憩でも、彼女は人目を避けるように妙に挙動不審だった。
過去に刑事として多くの犯罪者を相手にしてきた彼の勘が“何か”を告げている。
「仁くん、どうかした?」
なぎさが不安げな顔で見上げている。せっかくの新婚旅行だ。不穏な予感は口にしたくない。
『なんでもない。行こう。早くチェックインして遊びに出掛けたいしな』
沸き上がる疑念を払拭して早河はなぎさに笑顔を向けた。
今は刑事ではなく探偵だ。犯罪組織カオスが壊滅してキングの貴嶋佑聖も逮捕された今となっては、民間人の早河が首を挟める事件はない。
たとえこの街で善からぬ出来事が起きたとしても自分は事件に介入できない。犯罪の種を察知してもどうすることもできないのだ。
チェックインまで時間がある。二人はバスターミナルから歩いて草津温泉の見所、湯畑に来た。
湯畑は温泉の源泉を地表や桶にかけ流して成分の湯の花の採取や湯温調節を目的としている。草津温泉の湯畑は4000リットルの温泉がわき出ていて湯けむりが上がっていた。
「写真で見るよりも迫力が凄いね」
『さすが温泉地だよな』
湯畑を囲む歩道から早河達は湯畑を見物する。隣にいた男性に頼んで持参したデジカメで湯畑をバックにツーショット写真も撮ってもらった。
湯畑周りを散策しながら宿泊する宿を探す。早河が案内マップを広げた。
『ここの道を入っていくとすぐだ』
「えーっと……あっ、あそこじゃない?」
宿泊する宿をなぎさが指差した。予約した宿は伝統的な老舗旅館。草津の温泉宿ランキング上位に名前が挙がる人気の宿だ。
午後2時、群馬県の草津温泉バスターミナルにバスが到着した。
東京から4時間のバスの旅を終えて早河となぎさは雪の積もる温泉街に降り立った。なぎさは青空に向けて背伸びをする。
年が明けて2010年、なぎさの両親への新年の挨拶も済み、仕事初めから慌ただしく働いてきた早河夫妻の待ちに待った新婚旅行の日が訪れた。
新婚旅行先を海外にこだわる夫妻もいるが、早河となぎさにとっては温泉に入ってゆっくりと過ごせる二人の時間があれば、それだけで充分だった。
「やっぱり寒いね。早く足湯に入りたい」
『だな。道凍ってるとこあるし滑るから気を付けろよ……』
早河がなぎさの手を握った瞬間に後方から大きな音が聞こえた。驚いた二人が振り返ると、マフラーと深く被ったニット帽で顔がほとんど見えない女が尻餅をついて座り込んでいた。
凍結している場所で滑って転んでしまったらしい。
「大丈夫ですか?」
女が転んだ拍子に飛ばしてしまったハンドバッグを拾ったなぎさは、彼女に手を差し伸べた。
「すみません……」
女は差し出されたなぎさの手を取って立ち上がる。彼女は服についた雪を払い、受け取ったバッグとキャリーケースを引いてそそくさと歩いていった。
「今の人、同じバスに乗ってた人だよね。乗り場からひとりだったけど一人旅かな?」
『そうかもな……』
女はベージュのロングコートとマフラーにブーツ、目元ぎりぎりに深く被ったニット帽から見える髪は肩までの長さの茶髪。
かろうじて見える目元の部分で判断すると年齢は20代から30代前半、一見してどこにでもいる風貌の女だ。
しかし今の女、何か気になった。
東京のバス乗り場から早河達と一緒にバスに乗り込んだ時も、道中でのトイレ休憩でも、彼女は人目を避けるように妙に挙動不審だった。
過去に刑事として多くの犯罪者を相手にしてきた彼の勘が“何か”を告げている。
「仁くん、どうかした?」
なぎさが不安げな顔で見上げている。せっかくの新婚旅行だ。不穏な予感は口にしたくない。
『なんでもない。行こう。早くチェックインして遊びに出掛けたいしな』
沸き上がる疑念を払拭して早河はなぎさに笑顔を向けた。
今は刑事ではなく探偵だ。犯罪組織カオスが壊滅してキングの貴嶋佑聖も逮捕された今となっては、民間人の早河が首を挟める事件はない。
たとえこの街で善からぬ出来事が起きたとしても自分は事件に介入できない。犯罪の種を察知してもどうすることもできないのだ。
チェックインまで時間がある。二人はバスターミナルから歩いて草津温泉の見所、湯畑に来た。
湯畑は温泉の源泉を地表や桶にかけ流して成分の湯の花の採取や湯温調節を目的としている。草津温泉の湯畑は4000リットルの温泉がわき出ていて湯けむりが上がっていた。
「写真で見るよりも迫力が凄いね」
『さすが温泉地だよな』
湯畑を囲む歩道から早河達は湯畑を見物する。隣にいた男性に頼んで持参したデジカメで湯畑をバックにツーショット写真も撮ってもらった。
湯畑周りを散策しながら宿泊する宿を探す。早河が案内マップを広げた。
『ここの道を入っていくとすぐだ』
「えーっと……あっ、あそこじゃない?」
宿泊する宿をなぎさが指差した。予約した宿は伝統的な老舗旅館。草津の温泉宿ランキング上位に名前が挙がる人気の宿だ。