早河シリーズ短編集【masquerade】
 ちょうどチェックイン時間の午後2時半。ロビーに入ると上品な中居に出迎えられた。
館内はすべて畳敷きだ。畳の廊下を中居の後ろをついて歩き、白檀《ビャクダン》の間と札のかかる部屋に案内された。

部屋の奥には部屋専用の露天風呂がある。ここに今日と明日の二泊する予定だ。

 まず熱いお茶を淹れた。座椅子に向かい合って座り、緑茶をすする。

『はぁー。あったまる』
「旅館で飲むお茶ってなんでこんなに美味しいんだろうね」

このままここで寛ぐのも悪くはないが外はまだ明るい。

『その辺ぶらっとして夕食前に帰ってくるか』
「うん。帰って来たらご飯の前に温泉入りに行きたい。ここの旅館、展望露天風呂があるんだよね」

 早河となぎさはコートとマフラーで防寒装備をして再び温泉街に繰り出した。

 先ほど見た湯畑の近くは土産物屋や飲食店が軒を連ねている賑やかな場所だった。食べ物のいい匂いが漂ってきて15時のおやつの小腹が空く。

「温泉まんじゅうに焼きおにぎりに温泉たまご……どれから食べよう」
『あんまり食べると夕飯入らなくなるぞー。でも俺は焼きおにぎりだな』

 早河は焼きおにぎり、なぎさは温泉まんじゅうを手に入れて食べながら温泉街を進む。食べ歩きも旅行の醍醐味だ。

焼きおにぎりと温泉まんじゅうの後は二人して温泉たまごを味わう。たまごは絶妙な半熟具合で美味しかった。

「ねぇねぇ、射的のお店があるよっ!」

 射的の看板になぎさがはしゃぐ。これまでも二人で地方に出向くことはあったがすべて探偵の仕事絡みだ。

プライベートで、夫婦としての旅行は今回が初めて。子どものようにはしゃぐなぎさを見ているだけで早河は楽しかった。

 射的屋で店員から説明を受け、最初になぎさが挑戦した。射的は1回10発500円。的になっている置物を倒した合計点数で景品が貰える。

なぎさの1発目、2発目は的にすら当たらず、3発目でやっと的を倒せても倒した的の点数は低い。
4発目も当たらなかった。

「もおー! 全然当たらない……」

彼女は後ろで見守る早河に助けを求める。早河が笑って、なぎさの隣に並んだ。

『まず脇を締めて、銃身がぶれないようしっかり固定して……』

 早河の指示通りになぎさは脇を締め、肩と頬で銃を固定する。順番待ちをする他の客や店の外にいる見物人も早河の指導の様子を遠巻きに眺めていた。

『的を狙うときは真ん中じゃなく角を狙え』

標的を固定して角に狙いを定め、引き金を引いた。早河の指導の下で撃った5発目は見事に命中した。

「凄い凄い! 当たった!」

大喜びのなぎさはそれから連続で的を倒した。コツを掴んだ後の後半戦はすべて的を倒せた。
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