早河シリーズ短編集【masquerade】
 なかなかハードな展開になった新婚旅行も2日目の朝。昨夜降っていた雪は止み、翌朝は気持ちのいい青空が広がっていた。

早河となぎさは再び部屋の露天風呂に入り、入浴後はテレビを見たり畳の上で二人で寝転んだりして、午前中はのんびり過ごした。

 11時を過ぎた頃に二人は出掛ける支度をして部屋を出た。今日は西の河原公園方面に行く予定だ。

なぎさは昨日の小田切との再会の記憶を早河との楽しい思い出で消し去って忘れたかった。早河も彼女の気持ちをわかっているから、昨日の話題はもう持ち出さない。

 草津の観光マップを眺めるなぎさには笑顔も見えた。これなら今日は楽しく過ごせる……そう思っていたのに。

「あら、今からお出掛け?」

 不運な偶然は早河となぎさを裏切ってまたしても続く。二人がロビーに出たところであのお喋り好きな婦人と出くわしてしまった。

そして予想通り、婦人の隣には土産物の袋を両手に提げた小田切学がいたのだ。

「私達は午前中に出掛けて今戻ってきたところなのよ」

 足湯の時と同様に婦人はこちらが何も言わなくてもペラペラと話をしてくれる。早河となぎさはまさかここまで勘が当たるとは思わず、苦笑いで相槌を返した。

状況をまるでわかっていない小田切だけが困惑している。

「昨日あなたが私を置いてきぼりにした後、ひとりで足湯にいた私をこちらのご夫婦がお話相手になってくださったのよ。紹介するわね、主人です」

 改めて紹介されなくても婦人の夫が小田切なのは一目瞭然だ。仕方なく小田切は土産物の袋を床に置いて早河となぎさに会釈する。

『昨日はどうも……』
「いえ……」

不自然なやりとりの小田切となぎさを交互に見て小田切夫人は首を傾げた。

「昨日は、って?」
『こちらのご夫婦とは俺も昨日お会いしたんだ。旅館に帰って来た時にここの土産物売り場で』
「まぁそうなの? 偶然ねぇ!」

 小田切の切り返しの巧さには早河もなぎさも妙に感心した。嘘は何もついていないが、なぎさが過去の浮気相手だったことをおくびにも出さない自然な口振り。

なぎさ側も、小田切夫人に自分が昔の浮気相手だったことを知られたくはない。
小田切のとっさの言い訳を思い付く術は浮気癖の賜物か、単に口が巧いだけか。どちらにしろ助かった。

「これからどちらに行かれるの?」
「西の河原公園に……」
「そう。あ、それじゃあお昼ご一緒しない? 私達もこの荷物を置いてまたお昼を食べに行くのよ」

 しかし厄介なことに、小田切夫人はなぎさを気に入っているようだ。なぎさはひきつる笑顔を夫人に向け、隣の小田切を見た。

夫人への言い訳を上手く考えてくれたことには感謝するが、小田切は困った顔のなぎさを見て口許を緩めている。
大方、なぎさの新婚旅行の邪魔が出来て気分がいいに違いない。

早河も小田切のニヒルな笑みに怒りが込み上げる。ここが旅館のロビーでなかったなら、小田切を殴っていたかもしれない。

『せっかくですが……』

 昼食の誘いの辞退を早河が申し出た時、旅館のロビーがざわついた。
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