早河シリーズ完結編【魔術師】
「……へぇ。そういうこと。逃げ回っていた佐藤がこのタイミングで私に連絡をよこして、わざわざ殺されに来るなんて変だと思っていた。小山刑事。あなたが裏で手引きしていたのね」
「篠山警視。銃を下ろしてください」

 銃を構えた小山真紀が恵子を威嚇していた。

「あなたが佐藤と手を組むとは意外ね。情報屋のご主人の指示?」
「いいえ。警察庁の阿部警視監の指示です。お兄さんのことも阿部警視監から伺いました」
「ああ、厄介な警察庁のあの男ね。あの人は昔からどうにも好きになれない。阿部と、どうせ早河もグルなんでしょう?」

 前を佐藤、後ろを真紀に挟まれた恵子は面白くなさそうに眉をひそめる。警察のエリートコースを歩む警察庁キャリアの阿部と、命令に従わず警察を辞めた早河を恵子は毛嫌いしていた。

「あなたが佐藤を憎む気持ちはわからないでもありません。ですがお兄さんの死と佐藤は無関係……」
「わかってる!」

恵子が声を荒立てた。冷静沈着な印象の強い彼女が、ここまで感情を露にしたところを真紀は見たことがない。

「そんなことあなたに言われなくたってわかってる。私が本当に殺したい相手は佐藤じゃない、兄を死に追いやった竹本邦夫だもの。竹本は佐藤の婚約者を強姦した息子の罪の隠蔽を兄に指示した。兄は警察にいた私に泣きついてきたわ。あの事件は私が当時の警察上層部に働きかけをして揉み消した。それが正しいか間違ってるかなんて、考えなかった。私は兄の手助けをしただけよ」

 また雪が降ってきた。白い雪はフワフワと地面に舞い降りて見えなくなった。

「兄は頭のいい優秀な人だったけど、繊細な人でもあった。この国を変える、もっと国民が生きやすい世界にしてみせる、それが口癖でね。けれど繊細で優しい兄に政治の世界で生き抜くための汚れ仕事は苦痛でしかない。竹本の指示で強姦事件を隠蔽したことを兄は悔やんでいた」

 篠山恵子と小山真紀。二人の女刑事のやりとりを佐藤は不思議な心地で聞いていた。

佐藤の婚約者の彩乃《あやの》の強姦事件を揉み消した刑事が目の前にいても、今の佐藤の心中は穏やかだ。恵子を糾弾したいとは思わない。

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