早河シリーズ完結編【魔術師】
憎むべきは隠蔽指示を受けた溝口秘書でも恵子でもなく、彩乃を強姦した竹本晴也と父親の竹本邦夫だ。
その二人は殺されてこの世にいない。
「12年前に竹本の息子の晴也が佐藤に殺されたことで、晴也の強姦事件が明るみになった。毎日、週刊誌の記者が兄の自宅に押し寄せて隠蔽をしたろくでもない秘書だと兄を罵る記事を書いた。マスコミも最低だけど一番最低な人間は竹本邦夫よ。自分が隠蔽を指示したくせに、最後は兄を責め立ててすべての責任を兄になすりつけて自殺に追い込んだ」
誰を憎んでも終わらない悲しみの連鎖に恵子は苦しめられている。かつての佐藤のように。
「兄の自殺で佐藤を恨むのは間違ってるとわかってる。でもこうでもしないと終わらない。佐藤が事件を起こさなければ強姦事件が公になることもなかった」
「佐藤が犯した罪は許されないことです。被害者がどんなに悪人だろうと、人の命を奪う理由にはならない。警視、あなたも同じですよ。佐藤の命を奪う権利はあなたにはない。あなたに佐藤は殺させない」
真紀の銃の照準が恵子に合わさる。恵子も佐藤に向けていた銃口を真紀に向けた。
二つの銃口が向かい合い、二人の女が睨み合う。
「あなたと溝口秘書が隠蔽に加担しなければ、少なくとも佐藤の婚約者だった女性の救済はできたはずです。あなたも同じ女なら、強姦された被害者がどれほどの苦しみを味わったか、わかるでしょう?」
「……あなたの言う通りね。私だって被害者には同情してる。兄の自殺と佐藤も関係がない。だけどじゃあ私は誰を憎めばいい? 誰にこの感情をぶつければいい?」
『恵子。もう止めろ』
恵子と真紀の口論に割って響いた声は、佐藤ではない男の声だ。彼の声を聞いた恵子は戦慄していた。
倉庫の後ろから傘を差した上野恭一郎が現れた。
「恭一郎……」
『お前の兄のことを俺は小山達に聞くまで知らなかった。竹本邦夫の秘書の自殺は事件として把握していたが、それがお前の兄さんだとは思わなかった。どうして12年前に俺に言わなかった?』
「言えるわけないじゃない。だって……あの頃のあなたは私じゃなくてあの子を見ていた」
恵子が一筋流した涙もこの寒さで凍りついてしまいそうだ。
「兄の自殺で私が人生で一番辛い時期に、あなたの心はあの子に奪われた。私が竹本以上に憎らしいのはあの子よ。あなたが大切にしている浅丘美月……。私が欲しくても手に入れられなかったものを浅丘美月は簡単に手に入れていた。だからぐちゃぐちゃに壊してやりたかったのよ。子どもを誘拐されて旦那と佐藤を殺されて何もかも失って、浅丘美月が壊れてしまえばいいと思った」
上野が恵子に歩み寄る。恵子は真紀に向けていた銃口を上野に向けた。
「来ないで」
『お前を壊したのは俺だ。もう誰も憎むな。憎むなら俺だけを憎めばいい』
彼は躊躇なく銃口の前に立ち、恵子に片手を差し出した。恵子は戸惑いの瞳で差し出された手を見下ろす。
その二人は殺されてこの世にいない。
「12年前に竹本の息子の晴也が佐藤に殺されたことで、晴也の強姦事件が明るみになった。毎日、週刊誌の記者が兄の自宅に押し寄せて隠蔽をしたろくでもない秘書だと兄を罵る記事を書いた。マスコミも最低だけど一番最低な人間は竹本邦夫よ。自分が隠蔽を指示したくせに、最後は兄を責め立ててすべての責任を兄になすりつけて自殺に追い込んだ」
誰を憎んでも終わらない悲しみの連鎖に恵子は苦しめられている。かつての佐藤のように。
「兄の自殺で佐藤を恨むのは間違ってるとわかってる。でもこうでもしないと終わらない。佐藤が事件を起こさなければ強姦事件が公になることもなかった」
「佐藤が犯した罪は許されないことです。被害者がどんなに悪人だろうと、人の命を奪う理由にはならない。警視、あなたも同じですよ。佐藤の命を奪う権利はあなたにはない。あなたに佐藤は殺させない」
真紀の銃の照準が恵子に合わさる。恵子も佐藤に向けていた銃口を真紀に向けた。
二つの銃口が向かい合い、二人の女が睨み合う。
「あなたと溝口秘書が隠蔽に加担しなければ、少なくとも佐藤の婚約者だった女性の救済はできたはずです。あなたも同じ女なら、強姦された被害者がどれほどの苦しみを味わったか、わかるでしょう?」
「……あなたの言う通りね。私だって被害者には同情してる。兄の自殺と佐藤も関係がない。だけどじゃあ私は誰を憎めばいい? 誰にこの感情をぶつければいい?」
『恵子。もう止めろ』
恵子と真紀の口論に割って響いた声は、佐藤ではない男の声だ。彼の声を聞いた恵子は戦慄していた。
倉庫の後ろから傘を差した上野恭一郎が現れた。
「恭一郎……」
『お前の兄のことを俺は小山達に聞くまで知らなかった。竹本邦夫の秘書の自殺は事件として把握していたが、それがお前の兄さんだとは思わなかった。どうして12年前に俺に言わなかった?』
「言えるわけないじゃない。だって……あの頃のあなたは私じゃなくてあの子を見ていた」
恵子が一筋流した涙もこの寒さで凍りついてしまいそうだ。
「兄の自殺で私が人生で一番辛い時期に、あなたの心はあの子に奪われた。私が竹本以上に憎らしいのはあの子よ。あなたが大切にしている浅丘美月……。私が欲しくても手に入れられなかったものを浅丘美月は簡単に手に入れていた。だからぐちゃぐちゃに壊してやりたかったのよ。子どもを誘拐されて旦那と佐藤を殺されて何もかも失って、浅丘美月が壊れてしまえばいいと思った」
上野が恵子に歩み寄る。恵子は真紀に向けていた銃口を上野に向けた。
「来ないで」
『お前を壊したのは俺だ。もう誰も憎むな。憎むなら俺だけを憎めばいい』
彼は躊躇なく銃口の前に立ち、恵子に片手を差し出した。恵子は戸惑いの瞳で差し出された手を見下ろす。