早河シリーズ完結編【魔術師】
『つまりこれは俺に美月を譲ってくれるって話?』
『バーカ。誰が譲るか』
『じゃあなんでそんな弱気になってんの?』
松田の追及に隼人は押し黙る。彼は席を立ってコートを羽織った。
『あんまり弱気なことばかり言ってると、今度こそ本気で奪いに行くぞ。美月と子ども二人養うくらい俺にもできるからな』
普段は温厚な松田がここまで挑発的な態度になるのは珍しい。彼は長い溜息をついた。
『そういうの本当に困る。隼人くんが弱気になられちゃ、俺が困るんだよ。俺は美月の相手が隼人くんだから諦める決心をした。この意味、わかる?』
『ヒロ……』
『美月が隼人くん以外の男を結婚相手に選んだとしたら、俺は彼女の幸せを祝福できなかったかもしれない。俺は隼人くんのことを人として尊敬してるし、大事な友達だと思ってる。だから……』
それ以上の言葉が続かない。言わなくても隼人には松田の気持ちは伝わっていた。
『ごめん。お前にそこまで言わせて……』
『謝らなくていい。俺も隼人くんの立場だったら同じように不安になってたよ。……また来る。次は蓮見《はすみ》シリーズでも持ってくるよ。入院中の暇潰しには長編ミステリーがちょうどいいだろ?』
『ああ。ありがとな』
最後は互いに笑って別れを告げる。次に見舞いに来る時は、所蔵している長編のミステリー小説をしこたま持参してやろうと思い、松田は隼人の病室を後にした。
(好きな女の旦那が落ち込んでる時に励ますようなことしてる俺は、お人好しが過ぎるな)
松田は12年前の美月と佐藤の悲恋の現場には居合わせていない。当然、佐藤とは面識もない。
だが美月や隼人、従兄の渡辺亮を通して12年前に何があったのか。美月と佐藤と隼人のトライアングルの結末も知っている。
本当は自分が動きたくて仕方ないくせに、自由に動けない身体に隼人は焦燥を感じていた。
美月と佐藤が接触する。表面的には気丈に振る舞っていても不安なのだろう。
美月が佐藤のもとに行ってしまうのではないか、美月にとっての幸せとは佐藤と共に生きることなのではと、隼人は思い悩んでいる。
(そんなことにはならないだろうけど当事者にしてみれば不安だよな)
『バーカ。誰が譲るか』
『じゃあなんでそんな弱気になってんの?』
松田の追及に隼人は押し黙る。彼は席を立ってコートを羽織った。
『あんまり弱気なことばかり言ってると、今度こそ本気で奪いに行くぞ。美月と子ども二人養うくらい俺にもできるからな』
普段は温厚な松田がここまで挑発的な態度になるのは珍しい。彼は長い溜息をついた。
『そういうの本当に困る。隼人くんが弱気になられちゃ、俺が困るんだよ。俺は美月の相手が隼人くんだから諦める決心をした。この意味、わかる?』
『ヒロ……』
『美月が隼人くん以外の男を結婚相手に選んだとしたら、俺は彼女の幸せを祝福できなかったかもしれない。俺は隼人くんのことを人として尊敬してるし、大事な友達だと思ってる。だから……』
それ以上の言葉が続かない。言わなくても隼人には松田の気持ちは伝わっていた。
『ごめん。お前にそこまで言わせて……』
『謝らなくていい。俺も隼人くんの立場だったら同じように不安になってたよ。……また来る。次は蓮見《はすみ》シリーズでも持ってくるよ。入院中の暇潰しには長編ミステリーがちょうどいいだろ?』
『ああ。ありがとな』
最後は互いに笑って別れを告げる。次に見舞いに来る時は、所蔵している長編のミステリー小説をしこたま持参してやろうと思い、松田は隼人の病室を後にした。
(好きな女の旦那が落ち込んでる時に励ますようなことしてる俺は、お人好しが過ぎるな)
松田は12年前の美月と佐藤の悲恋の現場には居合わせていない。当然、佐藤とは面識もない。
だが美月や隼人、従兄の渡辺亮を通して12年前に何があったのか。美月と佐藤と隼人のトライアングルの結末も知っている。
本当は自分が動きたくて仕方ないくせに、自由に動けない身体に隼人は焦燥を感じていた。
美月と佐藤が接触する。表面的には気丈に振る舞っていても不安なのだろう。
美月が佐藤のもとに行ってしまうのではないか、美月にとっての幸せとは佐藤と共に生きることなのではと、隼人は思い悩んでいる。
(そんなことにはならないだろうけど当事者にしてみれば不安だよな)