早河シリーズ完結編【魔術師】
考え事をして歩いていた松田は注意力が鈍っていた。廊下の角を曲がった先で、向こうから来た相手に気付かずにぶつかってしまった。
小柄な女性が声をあげてよろめいた。松田は咄嗟に片手を差し出して彼女を抱き留める。
『すみませんっ。大丈夫ですか?』
「はい……」
松田とぶつかった相手は看護師だった。看護師は足立静香のネームプレートをつけている。
『申し訳ありません。ボーッとして歩いていたもので……』
「こちらこそ、私もよそ見をしていて……」
二人は頭を下げ合い、苦笑いして顔を見合わせた。
「お見舞いですか?」
『あ、ええ。あっちの病室に入院している木村隼人の見舞いに』
「木村さんの……! もしかして警察の方ですか? 奥さんも事件に巻き込まれていると伺いましたが」
静香は声を潜めた。603号室に入院中の木村隼人は事件に巻き込まれて意識不明で運ばれた患者だ。
大学病院には様々なバックグラウンドを持つ患者が入院しているが、警察が出入りするケースは珍しい。加えて容姿端麗な隼人は看護師の間で話題の的になっていた。
『いえ、木村の友人です。木村の奥さんは僕の大学の後輩なんですよ』
「ご友人の方でしたか! 警察の方もよくお見えになるのでてっきり……すみません」
さっきから自分達は謝ってばかりいるのに、少しも嫌な気分にならない。むしろ静香との不思議な立ち話が松田は楽しかった。
『いえいえ。まぁ……彼女も無事に戻ってくるといいんですが』
「大丈夫ですか?」
『うーん。木村はかなり参っている様子でしたね』
「木村さんも心配ですが……あなたの方です。失礼ながらお疲れのように見えます。栄養のある食事と睡眠をしっかり摂ってくださいね。人間の体は頑丈に見えて繊細ですから」
意外な返しに松田は驚いた。静香の指摘は的中していた。
ここのところ仕事が多忙で、食事もコンビニの物で済ませて睡眠時間もわずかだった。
さらに隼人達の事件の知らせに心労も募り、身体に疲れが溜まっていた。
『顔色だけでわかるなんてさすが看護師さんだ。驚きました』
「余計なお世話だったでしょうか……? すみません」
また静香が謝った。色々と気にしすぎる性格なのだろう。
『嬉しかったですよ。今日は栄養あるもの食べて早く寝ます』
「はい。木村さんのことはお任せください」
笑顔で会釈をして二人は廊下で別れた。エレベーターホールに向かう松田の背中を静香は見つめる。
「あっ……名前……。聞いておけばよかったかな……」
静香が後悔の呟きをした頃、松田はエレベーターのボタンを押した。彼は先ほどの看護師がつけていたネームプレートの名前を反芻する。
足立静香。気遣いのできる穏やかな雰囲気の看護師だった。
美月と静香、二人の女性の存在が松田の中で揺れ動いていた。
小柄な女性が声をあげてよろめいた。松田は咄嗟に片手を差し出して彼女を抱き留める。
『すみませんっ。大丈夫ですか?』
「はい……」
松田とぶつかった相手は看護師だった。看護師は足立静香のネームプレートをつけている。
『申し訳ありません。ボーッとして歩いていたもので……』
「こちらこそ、私もよそ見をしていて……」
二人は頭を下げ合い、苦笑いして顔を見合わせた。
「お見舞いですか?」
『あ、ええ。あっちの病室に入院している木村隼人の見舞いに』
「木村さんの……! もしかして警察の方ですか? 奥さんも事件に巻き込まれていると伺いましたが」
静香は声を潜めた。603号室に入院中の木村隼人は事件に巻き込まれて意識不明で運ばれた患者だ。
大学病院には様々なバックグラウンドを持つ患者が入院しているが、警察が出入りするケースは珍しい。加えて容姿端麗な隼人は看護師の間で話題の的になっていた。
『いえ、木村の友人です。木村の奥さんは僕の大学の後輩なんですよ』
「ご友人の方でしたか! 警察の方もよくお見えになるのでてっきり……すみません」
さっきから自分達は謝ってばかりいるのに、少しも嫌な気分にならない。むしろ静香との不思議な立ち話が松田は楽しかった。
『いえいえ。まぁ……彼女も無事に戻ってくるといいんですが』
「大丈夫ですか?」
『うーん。木村はかなり参っている様子でしたね』
「木村さんも心配ですが……あなたの方です。失礼ながらお疲れのように見えます。栄養のある食事と睡眠をしっかり摂ってくださいね。人間の体は頑丈に見えて繊細ですから」
意外な返しに松田は驚いた。静香の指摘は的中していた。
ここのところ仕事が多忙で、食事もコンビニの物で済ませて睡眠時間もわずかだった。
さらに隼人達の事件の知らせに心労も募り、身体に疲れが溜まっていた。
『顔色だけでわかるなんてさすが看護師さんだ。驚きました』
「余計なお世話だったでしょうか……? すみません」
また静香が謝った。色々と気にしすぎる性格なのだろう。
『嬉しかったですよ。今日は栄養あるもの食べて早く寝ます』
「はい。木村さんのことはお任せください」
笑顔で会釈をして二人は廊下で別れた。エレベーターホールに向かう松田の背中を静香は見つめる。
「あっ……名前……。聞いておけばよかったかな……」
静香が後悔の呟きをした頃、松田はエレベーターのボタンを押した。彼は先ほどの看護師がつけていたネームプレートの名前を反芻する。
足立静香。気遣いのできる穏やかな雰囲気の看護師だった。
美月と静香、二人の女性の存在が松田の中で揺れ動いていた。