早河シリーズ完結編【魔術師】
まだ明らかにしなければいけないことがある。真紀は刑事の群れを掻き分けて、手錠をかけられた千秋の正面に立った。
「土屋さん、あなた……もしかしてトランスジェンダーなの?」
千秋の抵抗がぴたりと止まる。振り乱した髪が顔にかかって、千秋の表情はこちらからは見えない。
「貴嶋の告発文には女性のあなたを“彼”と書いていた。それとこれは早河さんの奥さんが気付いたことだけど、ダンタリオンのサイトの掲示板、あなたとゲストとのやりとりの言葉遣いは男性的な印象を受けた。だから私もダンタリオンは男だと無意識に思い込んでいた」
〈トランスジェンダー〉身体の性は男でありながら心の性は女の男性、身体の性は女でありながら心の性は男の女性、身体の性と心の性の不一致。
「あなたは男の心を持っているの?」
「……それならまだよかったんだけどな」
千秋は鼻で笑った。千秋の声はそれまで出していた声よりも数段低く、男性に似せた声色だった。
「“俺”は女だ。トランスジェンダーでもない、ただの女。だから……だから……キングになりたかった。あの方のような……。それをお前達が邪魔した」
ここにいるすべての刑事を睨み付ける千秋の瞳は殺気に満ちている。見るに堪えかねた芳賀が千秋に歩み寄った。
『なんでだよ土屋……なんでこんなことしたんだよ!』
「お前に何がわかる? 男のお前には俺の苦しみは一生わからないだろうな」
冷ややかな視線を向けられた芳賀は何も言えずに押し黙った。
芳賀に宝塚の魅力を生き生きと語っていた土屋千秋はもういない。
そもそもあれは本当の千秋だったのか?
自分の見てきたものが覆《くつがえ》る。信じてきたものが覆る。
女の土屋千秋と男のダンタリオン。どちらが本物の土屋千秋?
芳賀を小馬鹿にして笑った千秋の頬を真紀が一発打った。千秋の青白い頬に赤い跡が浮かび上がる。
「……何すんだよ」
「あなたはキングにはなれない。なれたとしても、貴嶋佑聖にはなれない。あなたは誰も必要としていないから」
千秋の笑い声が地下駐車場に反響した。これは心が壊れた人間の笑い方だ。
「偉そうに……意味がわからねぇ」
「自分のことを考えて心配してくれる人を無下に扱うあなたのような人間に、人の上に立つ資格はないと言ってるのよ」
土屋千秋はキングになれなかった。彼は……いや、彼女は独りだったから。
本当は独りではないのに、彼女は誰も必要としていない。
孤独だけでは玉座には座れないことを、彼女は知らなかった。
第六章 END
→第七章 月下美人 に続く
「土屋さん、あなた……もしかしてトランスジェンダーなの?」
千秋の抵抗がぴたりと止まる。振り乱した髪が顔にかかって、千秋の表情はこちらからは見えない。
「貴嶋の告発文には女性のあなたを“彼”と書いていた。それとこれは早河さんの奥さんが気付いたことだけど、ダンタリオンのサイトの掲示板、あなたとゲストとのやりとりの言葉遣いは男性的な印象を受けた。だから私もダンタリオンは男だと無意識に思い込んでいた」
〈トランスジェンダー〉身体の性は男でありながら心の性は女の男性、身体の性は女でありながら心の性は男の女性、身体の性と心の性の不一致。
「あなたは男の心を持っているの?」
「……それならまだよかったんだけどな」
千秋は鼻で笑った。千秋の声はそれまで出していた声よりも数段低く、男性に似せた声色だった。
「“俺”は女だ。トランスジェンダーでもない、ただの女。だから……だから……キングになりたかった。あの方のような……。それをお前達が邪魔した」
ここにいるすべての刑事を睨み付ける千秋の瞳は殺気に満ちている。見るに堪えかねた芳賀が千秋に歩み寄った。
『なんでだよ土屋……なんでこんなことしたんだよ!』
「お前に何がわかる? 男のお前には俺の苦しみは一生わからないだろうな」
冷ややかな視線を向けられた芳賀は何も言えずに押し黙った。
芳賀に宝塚の魅力を生き生きと語っていた土屋千秋はもういない。
そもそもあれは本当の千秋だったのか?
自分の見てきたものが覆《くつがえ》る。信じてきたものが覆る。
女の土屋千秋と男のダンタリオン。どちらが本物の土屋千秋?
芳賀を小馬鹿にして笑った千秋の頬を真紀が一発打った。千秋の青白い頬に赤い跡が浮かび上がる。
「……何すんだよ」
「あなたはキングにはなれない。なれたとしても、貴嶋佑聖にはなれない。あなたは誰も必要としていないから」
千秋の笑い声が地下駐車場に反響した。これは心が壊れた人間の笑い方だ。
「偉そうに……意味がわからねぇ」
「自分のことを考えて心配してくれる人を無下に扱うあなたのような人間に、人の上に立つ資格はないと言ってるのよ」
土屋千秋はキングになれなかった。彼は……いや、彼女は独りだったから。
本当は独りではないのに、彼女は誰も必要としていない。
孤独だけでは玉座には座れないことを、彼女は知らなかった。
第六章 END
→第七章 月下美人 に続く