早河シリーズ完結編【魔術師】
 この透明な境界線さえなければ二人は抱き合い、互いのぬくもりを感じられるのに。

『もうここには来るな。俺のことは忘れて、木村くんと子ども達と幸せになれ』
「……私はね、欲張りなんだよ」

微笑して首を横に振った美月の目尻が潤んでいる。

「あなたのことは忘れない。忘れることはできないの。私は今でもあなたが好きよ」

 美月は心情を吐露する。佐藤も美月と同じ気持ちだった。しかし彼女の今後を考えれば、犯罪者と関わりを持つべきではない。
自分の存在が美月の人生の足枷《あしかせ》になるのではと、佐藤は恐れていた。

「昔はこんな欲張りな自分が嫌だった。佐藤さんのことが好きなまま隼人と付き合っていていいのか、悩んだりもしたの。でも今は欲張りでもいいかなって思うんだ。佐藤さんと隼人と……どちらかを選ぶなんて私にはできない。どちらも私には必要な人。あなたの恋人でもあり、隼人の妻でもありたい。身勝手で最低な女だと思うよ。だけどそれ以外には考えられないの」

美月の涙が限界を越えて溢れ出す。境界線で阻まれた佐藤には彼女の涙を拭ってやることもできず、もどかしい。

「その気持ちを正直に隼人に打ち明けたの。そうしたらね、隼人も同じだった。隼人も莉央さんのこと、まだ好きで忘れられないって言ってた。私達は似た者夫婦みたい。でもそれでいいの。私も隼人も欲張りなんだ」
『それが……二人が決めた結論なんだな?』

佐藤の瞳も涙で潤んでいた。

 どうしてこんなに心が熱い?
 どうしてこんなに彼女が愛しい?
 好きで好きでたまらない、永遠の恋人。

「うん。だからこれからも会いに来ます。手紙も書くよ。隼人も佐藤さんに手紙書くって言ってた」
『ははっ。木村くんからの手紙は読むの少し怖いな』
「佐藤さんはひとりじゃないよ」

 彼には面会に訪れる両親はいない。出所できたとしても、帰りを待っていてくれる人はどこにもいない。そう思っていた。

「私達が佐藤さんをひとりにはさせないよ。私も隼人もあなたの帰りを待ってる。いつか三人で一緒にお酒飲もうって隼人が言ってたよ」

 係員が面会終了を告げに来た。額を押さえてうつむく佐藤に優しく声をかける。

「また会いに来るね」
『……待ってる』

顔を上げた佐藤は涙を流しながら呟いた。

 12年かけて出したそれぞれの答え。
大切なものは大切なままで、両手いっぱいに抱えていたい。

ずっと待ってるよ。またね、また会おうね。
彼女の未来にはいつまでも彼がいる。

あなたを愛しています。



第七章 END
→エピローグ に続く
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