早河シリーズ完結編【魔術師】
 帰宅の前に早河には父親としての大切な仕事が待っていた。二子玉川ライズショッピングセンターには、二子玉川公園が隣接している。早河は公園に真愛を連れて行った。

『真愛。うさぎさんを死なせた犯人捕まえたよ」
「……ほんとう?」

夕暮れの公園に人はまばら。ベンチに並んで座らせた真愛は、新品の猫のぬいぐるみを抱き締めていた。

『うん。犯人は佐竹先生だった』
「……さたけ……先生?」

 真愛は何度もまばたきして早河の言葉の意味を小さな頭で必死に考えた。意味を理解した途端に、真愛の瞳にはみるみる涙が溜まっていった。

「なんで、さたけ先生はうさぎさんに意地悪しちゃったの?」

犯人の正体を告げれば必ず動機を聞かれる。ありのままを、話せばいい。

『佐竹先生にはお父さんがいないんだ。だからパパのことが大好きと言ってる真愛が羨ましくなったんだよ。真愛が学校のうさぎを可愛がっているから、意地悪したくなっちゃったんだ』
「だから……うさぎさんを……」

 真愛は言葉を詰まらせた。唇を噛んでうつむく真愛に早河は何も言えなかった。
今は何も言わずに、真実を知った真愛が自力で立ち上がる瞬間を待つ。

 親はどこまで子どもに手を差し伸べればいい?
どこまで手助けしてやればいい?
過干渉も放任も子どもの心を殺す。そのさじ加減は難しい。


 ──“仁《じん》、強い子になれ。転んでも自分で立ち上がれる人間になれ”──


 亡き父は、よくそう言っていた。つまずいて転んでも誰かが助けてくれるのを待つのではなく、自力で立ち上がる強さを持つ人になって欲しい。

だから早河も心の中で呟く。

 ──真愛、強い子になれ……。強がらなくてもいい。でも強い子になれ──


「……パパ。うさぎさんを死なせた犯人、捕まえてくれてありがとう」

 涙で濡れた顔を上げた真愛が早河に抱き付いた。こんなにやりきれない想いになる娘からの“ありがとう”は初めてだ。

 真実を知ることが最善とは言えなくても、これでよかったのか悔やんでも、大切なことは真実を知った先にある。

真愛、負けるな。不条理に負けるな。
弱くてもいい。泣いてもいい。カッコ悪くてもいい。
自分で立ち上がる強さがあれば、それでいい。

 潤む目元を真愛に見られたくない早河は、真愛を抱き締めてぐっと涙を抑え込んだ。

 佐竹明美の瞳の奥に宿る秘めた想いは恋心ではない。真愛を愛し、真愛を守る早河に明美は理想の父親像を重ねていた。

彼女は父親の愛情を欲していた。早河にはそう思えてならなかった。

 園内の芝生をカラスが散歩している。夕焼け空を背に、二羽のカラスが仲睦まじく寄り添っていた。


   ―早河シリーズ END―
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