早河シリーズ完結編【魔術師】
半年前に目黒区内の分譲マンションに引っ越した。将来的に斗真や美夢が高校生や大学生となった時を考えて、都内の学校に通いやすいように乗り入れ路線が多い目黒駅を最寄り駅とできる、利便性が良い場所だ。
オートロックを通過してエレベーターで六階に上がる。605号室が自宅だ。
「どうぞ、入って」
美月は佐藤を玄関に通した。しばし躊躇の佇まいを見せていたが、彼は木村家に上がった。
広いリビングにはアイボリー色のソファーがあり、床にはブロックや電車のおもちゃがところどころ散乱していた。美月はそれらを斗真専用のおもちゃ箱に片付けて、佐藤にソファーをすすめる。
佐藤はアイボリー色のソファーに腰を降ろした。柔らかなソファーの隅には子ども番組のヒーローのフィギュアが横たわっている。
自分が子どもだった頃も、父親にねだって憧れのヒーローのおもちゃを買ってもらったことを思い出した。懐かしく優しい記憶だ。
目を覚ました美夢におもちゃを与えて遊ばせている間に、美月は救急箱を持って佐藤の隣に座った。
「怪我してるでしょ? 見せて」
『大丈夫だから』
「さっきの様子は大丈夫そうには見えなかったけど?」
美月の前では嘘がつけない。観念した佐藤はワイシャツのボタンを外してシャツを脱いだ。
美月が佐藤のインナーをめくる。左の脇腹に大きな痣があり、腕や背中にもかすり傷がついていた。
佐藤の体つきは美月が知る12年前に比べてがっしりとして逞《たくま》しくなっていたが、12年前にはなかった傷痕で痛々しく傷付いていた。
保冷剤を佐藤の脇腹に当てて痣の部分を冷やす。斗真が転んで擦りむいた時にしか出番がない消毒液や絆創膏がテーブルに並んだ。
「話の続き……キングがどうしたの?」
『キングの目的はお前だ。あの人は今度こそ美月を手に入れようとしている』
保冷剤で冷やした痣に冷湿布を張り付けて、一応の手当てを終えた。救急用具を片付ける美月の手が震える。
「……どうして私なの?」
『きっと美月に惚れているんだろうな』
「そんなの……そんなこと言われたって困るよ。キングのことは怖いけど、嫌いじゃないよ。でも……」
美月は今の平穏な生活を失いたくなかった。もしもまたキングに会えるならと、以前はそんなことを考えもした。
けれど母親となった今は犯罪なんてものと関わりたくもない。子ども達が犯罪に巻き込まれる事態になることを、美月は何よりも恐れていた。
震える彼女の手に佐藤の手が重なる。絡み合う指先が12年の歳月を経ても変わらない想いを誓った。
『お前は俺が守る』
「守るって……佐藤さんはキングの部下でしょ?」
『カオスからはとっくに解任されてる』
穏やかな佐藤の微笑みは昔と変わらなくて、それでもあの頃にはなかった目尻に刻まれたシワが時の長さを物語っていた。
「解任? それって……」
また何も聞けないままで、言いかけた言葉はキスの魔力で封じられる。始めは軽く触れる程度に優しくて、でも少し乱暴で、そのうち甘さに浸る余裕も失って無我夢中で互いを求めた。
オートロックを通過してエレベーターで六階に上がる。605号室が自宅だ。
「どうぞ、入って」
美月は佐藤を玄関に通した。しばし躊躇の佇まいを見せていたが、彼は木村家に上がった。
広いリビングにはアイボリー色のソファーがあり、床にはブロックや電車のおもちゃがところどころ散乱していた。美月はそれらを斗真専用のおもちゃ箱に片付けて、佐藤にソファーをすすめる。
佐藤はアイボリー色のソファーに腰を降ろした。柔らかなソファーの隅には子ども番組のヒーローのフィギュアが横たわっている。
自分が子どもだった頃も、父親にねだって憧れのヒーローのおもちゃを買ってもらったことを思い出した。懐かしく優しい記憶だ。
目を覚ました美夢におもちゃを与えて遊ばせている間に、美月は救急箱を持って佐藤の隣に座った。
「怪我してるでしょ? 見せて」
『大丈夫だから』
「さっきの様子は大丈夫そうには見えなかったけど?」
美月の前では嘘がつけない。観念した佐藤はワイシャツのボタンを外してシャツを脱いだ。
美月が佐藤のインナーをめくる。左の脇腹に大きな痣があり、腕や背中にもかすり傷がついていた。
佐藤の体つきは美月が知る12年前に比べてがっしりとして逞《たくま》しくなっていたが、12年前にはなかった傷痕で痛々しく傷付いていた。
保冷剤を佐藤の脇腹に当てて痣の部分を冷やす。斗真が転んで擦りむいた時にしか出番がない消毒液や絆創膏がテーブルに並んだ。
「話の続き……キングがどうしたの?」
『キングの目的はお前だ。あの人は今度こそ美月を手に入れようとしている』
保冷剤で冷やした痣に冷湿布を張り付けて、一応の手当てを終えた。救急用具を片付ける美月の手が震える。
「……どうして私なの?」
『きっと美月に惚れているんだろうな』
「そんなの……そんなこと言われたって困るよ。キングのことは怖いけど、嫌いじゃないよ。でも……」
美月は今の平穏な生活を失いたくなかった。もしもまたキングに会えるならと、以前はそんなことを考えもした。
けれど母親となった今は犯罪なんてものと関わりたくもない。子ども達が犯罪に巻き込まれる事態になることを、美月は何よりも恐れていた。
震える彼女の手に佐藤の手が重なる。絡み合う指先が12年の歳月を経ても変わらない想いを誓った。
『お前は俺が守る』
「守るって……佐藤さんはキングの部下でしょ?」
『カオスからはとっくに解任されてる』
穏やかな佐藤の微笑みは昔と変わらなくて、それでもあの頃にはなかった目尻に刻まれたシワが時の長さを物語っていた。
「解任? それって……」
また何も聞けないままで、言いかけた言葉はキスの魔力で封じられる。始めは軽く触れる程度に優しくて、でも少し乱暴で、そのうち甘さに浸る余裕も失って無我夢中で互いを求めた。