早河シリーズ完結編【魔術師】
 メッセージを読んだ隼人はすぐに通話を美月のスマホに繋げた。2コールで彼女が電話口に出た。

{隼人……}
『大丈夫か?』

美月の声は涙を含んでいて湿っぽい。今まで泣いていたのだろう。

{お仕事中にごめんね}
『いいよ。それより佐藤が会いに来たって?』
{今朝、斗真を幼稚園に送った帰りに……。家の近くで私を待っていたみたい}
『俺達の家はとっくに知られていたってことか。まぁ佐藤ならやりそうだな』

佐藤に自宅を知られていても驚きもしないで冷静でいられる自分は、どうやら犯罪慣れしてしまったらしい。

『キングが動き始めてるって、具体的にどういう意味だ?』
{わからない。佐藤さんは詳しくは教えてくれなかった。でもキングの目的は私だからって……}

 それは犯罪組織カオスが壊滅した9年前から変わらない。貴嶋佑聖は当時も美月に興味を抱いていた。

『佐藤はキングの部下だろ? いくら美月のことでも、こちらに情報をリークする真似をしてあいつは何のつもりだ?』
{それが……佐藤さんはカオスを解任されたって言ってたの。もうカオスの人間ではないのかも}
『ってことは佐藤とキングが対立関係にあると考えていいのか……』

 目を閉じると、12年前に顔を見たきりの男の姿がおぼろげに記憶の海から引き揚げられる。当時の隼人は大学生、佐藤は30代。

憎らしいほど大人の余裕を兼ね備えた佐藤瞬は、最後まで憎らしい男だった。

 隼人が初めて本気で愛した美月の心を、いつまでも捕らえて離さない佐藤が憎くないと言えば嘘になる。
美月の心に居座る佐藤と闘い続けて12年。気付けば隼人は、あの頃の佐藤と同じ年齢になっていた。

『とにかく、キングの狙いが美月なら警察のガードが必要だ。上野さんに連絡するからには、事の経緯を説明するために佐藤が生きていることも話さないといけない。美月、その意味をわかっているよな?』

 犯罪者の佐藤の生存を警察に報告する意味。すなわち、佐藤には法の裁きが待ち受けている。

{……わかってる}

隼人は美月の芯の強さを知っている。ずっと見てきたんだ。ずっと守ってきたんだ。
覚悟を決めた美月の声はもう涙に震えてはいなかった。
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