早河シリーズ完結編【魔術師】
『あの二人、何か因縁でもあるんですかね? めちゃくちゃ仲悪くないですか?』

 上野と恵子が会議室を去った後、芳賀は同僚の杉浦警部補に囁いた。話を振られた杉浦は曖昧に頷いて、救いを求めるように真紀を一瞥する。
杉浦と芳賀の視線に気付いた真紀は溜息をついて口を開いた。

「元恋人同士だからね」
『まじっすかっ?』

芳賀と杉浦、居合わせた千秋は三者三様に驚いていた。そこへ通路を歩いてきた石川警視正が話に加わる。

『二人は12年前に結婚寸前だったんだ。でも上野があの静岡の事件で美月ちゃんと出会ってから、美月ちゃんの世話を焼き始めたことで上野と篠山警視の関係はこじれた』
「それって、篠山警視が木村美月にヤキモチを妬いてたってことなんじゃ……」

石川の話を聞いた千秋が小首を傾げた。

『うちの娘が美月ちゃんとは昔からの友達でね。当時のあの子のことは俺もよく知っているが、上野が刑事として美月ちゃんをほうっておけなかった気持ちはわかる。12年前に佐藤の犯罪に気付いて上野に告発したのも美月ちゃんだ。佐藤は逮捕直前に彼女の目の前で海に飛び込み行方知れず。心を壊すのも当然だろう。だが、篠山警視は上野が若い女に入れ込んでいると勘違いしたんだ』
『それ本当に勘違いなんですか?』
『おい、何言ってるんだよ』

 芳賀が口を挟む。杉浦に小突かれたが、芳賀は構わず話を続けた。

『もー。痛いっすよ杉さん! 俺だって木村美月と上野警視の関係は知ってますよ。けど警察官が事件関係者とプライベートで頻繁に食事に行ったり、木村美月の結婚式に上野警視が出席したりって、そこまで刑事と事件関係者が密な関係になるものなのかって……』
『美月ちゃんの場合は結婚相手も12年前の事件関係者だからな。その縁はあるだろう。刑事を長くやっていれば、事件を通じて関係者とその後も繋がりを持つこともある』

 石川が芳賀の不躾《ぶしつけ》な意見に気分を害した様子はない。しかし組織犯罪対策部を仕切る石川警視正に無礼な物言いをする後輩に、杉浦は肝を冷やしていた。

『うーん。でも……』
「あのぅ。さっきから芳賀さんは何が言いたいんです?」

千秋が口を尖らせて芳賀を睨む。慌てた芳賀は大袈裟に両手を振った。

『だからさぁ、なんか上野警視の言動に釈然としないんだって。木村美月に肩入れし過ぎって言うか、もしかしたら上野警視と木村美月って……』

 これ以上はさすがにまずいと感じた芳賀は、咄嗟に口をつぐんだ。勘ぐる新人に呆れて何も言わずに真紀は会議室を出ていき、石川は芳賀の肩を二度叩いた。

『当時を知らない奴にとっては不思議かもしれないな。好奇心もいいが、余計なことは考えずに捜査に集中しろよ』

芳賀に軽く苦言を呈して石川も会議室を後にした。
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