大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
 ――こうちゃんなんて、大嫌い!もう、近づいてこないでよ!


 幼い頃の自分の声が、脳内に響き渡る。
 絶対に夢だとわかっているのに、思うように動いてくれない。


 ――うーちゃん、何で?オレ、何かした?


 半泣きで、私の後を、そう言ってついてくる江陽を振り返り、ジロリとにらみつける。
 小学校の低学年くらい。
 ――まだ、ケンカになるかならないかくらいだ。
 足を速めれば、ヤツは、駆け足でついてくる。

 ――ねえ、うーちゃん。うーちゃんってば!

 しつこいくらいの問いかけに、私の我慢は限界を超えた。


 ――何で、わかってくれないの。

 ――私は、仕方ないから、アンタに付き合っているだけなのに!


 そう叫んだあとの――江陽の顔は、強張っていて。
 けれど、謝る気にもなれなくて。

 ああ、あれくらいからか。
 今度は、私にケンカを売るようになったのは――。


 ボンヤリと脳内が覚醒していくのを感じ、私は、目を開けた。

 ――嫌な、夢。

 そう思ってしまうのは、もう、私があの頃とは違うから。

 ――江陽を嫌うなんて、できなくなったから――。

 ベッドから下りると、窓を開け、換気をする。
 朝から、汗がにじみ出るような暑さにげんなりしながらも、朝食と同時にお弁当を用意し始め、そして――手を止めた。

 ――……謝る、とかではない……けれど――。

 昨日のヤツの表情を思い浮かべ、考える。
 ああは言ったけれども、私自身、別れるという選択肢は無いのだ。

 それでも――きっと、今、ここで折り合えなければ、一生、私の中でくすぶったままだろう。

 ――それだけは、嫌なのだ。

「……作りましょうか」

 私は、江陽用の大きなお弁当箱を取り出し、自分のものと一緒に準備した。


 それから、支度をして、聖を迎えに部屋を出ると、ちょうど、目の前に江陽が驚いたように硬直していた。

「――……江陽?」

「……おう……」

 ヤツは、気まずそうに、上げていた手を下ろす。
 どうやら、ちょうどインターフォンを鳴らすところだったようだ。
 二人で硬直していると、隣のドアが開き、同時に視線を向ける。
「おはよー、羽津紀!……と、江陽クン?」
「おはよう、聖」
「おう」
 目を丸くしたのも一瞬。
 聖は、ニヤリ、と、私に笑いかける。
「あー、アタシ、今日は早く行かないとだったー」
「え、聖?」
 あまりにもわざとらしい言葉に、引き留めようとするが、ひらひら、と、手を振られた。
「二人は、ゆっくり(・・・・)、出勤しなよー?」
 そう言いながら、ちょうど着いたエレベーターに乗り込む。
「ひ、聖」
 慌てて追いかけようとするが、勢いよく腕を取られ、反動でバランスが崩れる。
 それを、いとも簡単に受け止めた江陽を見上げ――思わず、にらみつけてしまった。
「――……あの、さ、羽津紀」
「……何」
「……昨日の事、なんだけどよ……」
 気まずそうに切り出したヤツは、一呼吸置くと、私を抱き締めた。
< 29 / 143 >

この作品をシェア

pagetop