大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
「急だったから、大したものも用意できなくて、ごめんなさいね」

 準備を終えた亜澄さんは、そう言いながらリビングに戻って来ると、ティーポットと洋菓子が並んだお皿を、テーブルに置いた。
 まるで、映画やドラマのようなそれに、私は、一瞬、気おされてしまう。

 ――たぶん、根本的に、生活のレベルが違うのだ。

「お、お気になさらず……」
「そもそも、母さんが急に言い出したからだろ」
「それもそうなんだけど……ちゃんと、ストックしておけば良かったわねぇ……」
 そう言いながら、彼女は、カップにお茶を注ぎ始める。
 香りからして、紅茶だろうが――詳しい種類はわからない。
「どうぞ、羽津紀ちゃん」
 差し出されたカップを受け取り、少し迷ったが、一口、口にすると、すぐにかぐわしい香りとほのかな甘みに、ほう、と、息を吐いてしまった。
「お、美味しい、です」
「あら、ありがとう。お世辞でも、うれしいわ」
「いえ、本当です。……お、お恥ずかしながら、こういうものには不慣れなもので……」
 少しだけ身を縮こませながら言うと、亜澄さんは、ニコリ、と、微笑む。
「それで――江陽、これからどうする気だ?」
 すると、亜澄さんの隣で、当然のように紅茶を飲みながら、三ノ宮社長が江陽に言った。
「――どうするって……」
「叔父さんが、このまま引き下がるとは思えない。仮に、籍を入れたとしても、私の二の舞になる可能性も高い」
 淡々と言われ、私と江陽は、お互いに視線を交わす。
 ――それは……長い間、亜澄さんが、三ノ宮社長の奥様だと認められなかったという事。
 きっと、今も、大叔父さんにとっては、甥っ子をたぶらかした女性という位置付けなのだろう。
「でも、オレは、羽津紀以外と結婚する気は無ぇ」
「――その一点張りでは、通用しないと言っている」
「じゃあ、どうすりゃ良いってんだよ!」
 徐々に口調が荒くなっていく江陽を、なだめるように、私は、手を重ねた。
 それに気づいた江陽は、上げそうになっていた腰を下ろす。
「羽津紀さんには申し訳無いが――叔父は、あの通りの……」
 そこまで言いかけた三ノ宮社長は、唇を噛み、ふい、と、私から顔を背け、咳払いをする。
「……いや、失礼。……叔父に、あそこまで言えるとは思っていなかったもので……」
 その言葉で、先ほどの私の暴言を思い出し、小さくなる。
「も、申し訳ありません……。……つい……」
 けれど、三ノ宮社長は、限界とばかりに背を向けると、肩を震わせた。
 それを見て、亜澄さんはクスクスと笑う。
「あらあら……珍しいわね」
「え」
「この人、人前じゃ滅多にこんな風には笑わないのよ。よほど、羽津紀ちゃんの啖呵が気に入ったようね」
「――……っ……!」
 あの、勢いだけで口走った暴言を気に入ったとは。
 三ノ宮社長は、ひとしきり笑い終え、咳払いでごまかすと、表情を戻す。
「……失礼。……だが……もしかしたら、あなたなら、立ち向かえるのかもしれませんね」
「――……え」
「これまで、ウチの人間で、叔父に逆らおうという者は現れませんでしたから――……」
 彼は、自嘲するように、口元を上げた。
 それは、彼等の身内の――昏い部分。
 私は、何を言うでもなく、姿勢を正して、三ノ宮社長の言葉を聞いた。
「あきらめて我慢すれば、ひとまずは、暮らしていけます。あえて、それを、捨てようという真似はしませんよ。……情けない事に」
 そう言って、彼は、紅茶を口に含む。
 私達は、それぞれ、同じように、間を持たせるように口にする。
 少しの間、沈黙が流れたが、三ノ宮社長は真っ直ぐに私を見た。
 その視線の強さに、背筋を伸ばす。

「羽津紀さん。――この先、どれだけ妨害されようと、私も家内も、あなたを見放すような事はしません。それだけは、覚えておいてください」

「――……ありがとうございます」

 私は、そう言うと頭を深く下げた。
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