大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
17.そこに、江陽がいない限り
 それから、私は、仕事以外では、部屋でぼうっとしながら江陽との日々を思い出し、にじみ出てくる涙と毎日戦う。
 ――まさか、自分がこんな風になるなんて、思ってもみなかった。
 幸せだった日々の記憶を消し去りたいのに――忘れようとすればするほど、鮮やかによみがえってくる。
 それは――きっと、まだ、私がアイツを好きでいるという証拠。
 翔陽くんには、わかったような事を言ったクセに――。
 頭と心が、繋がってくれない。

 ――でも――アイツの決断を、今さら台無しにできないのも、わかっているのだ。

 ひざを抱えて顔をうずめていると、不意に、テーブルに置いていたスマホが振動し、反射的に手に取った。

 ――お姉ちゃん、帰って来るのって、いつも通り?

 久々に来た妹の皐津紀(さつき)からのメッセージは、用件のみ。
 マイペースな性格そのもので、苦笑いが浮かんだ。

 ――十二日から十三日で。

 そう、端的に返すと、OK、と、スタンプが返ってきて終わった。

 スマホが鳴る度に、江陽かと思ってしまうのも――もう、クセのようなものだ。
 こんな――男に振り回される自分を、昔の自分は想像もできなかっただろう。

 ――……でも――……

 自分が自分でいられる相手と、出会う事ができて――

 同じ想いを抱く事ができるのは、きっと、奇跡のようなもの。

 そして、それを失うのは、とてつもない痛みを抱えるものなのだ――……。



「お帰り、羽津紀」

「――ただいま」

 翌日、一泊の荷物を持ち、実家に久し振りに帰ると、玄関で待ち構えていた母親に迎えられた。
 その表情を見れば、すぐにわかる。
 ――きっと、亜澄さんから、連絡があったのだろう。

「――……こうちゃんの事、聞いたよ」

「……そう……」

「本当に、残念だけどねぇ……」

 そう言うと、母親は、リビングに入る。
 私も、スリッパを履き、後に続いた。

「あ、お帰りー、お姉ちゃん!」

「お帰り、羽津紀ちゃん」

 すると、実家住まいの妹二人が迎えてくれる。
 その、変わらない態度に、どこかで気まずさを覚えた。

「……ただいま、二人とも」

「今日、店予約したからさ!外食だよー!」

 上の妹の皐津紀が、そう言って張り切ってみせると、

「羽津紀ちゃん、お店はね、”ロジェ”だよ!”ロジェ”!」

 下の妹の紫津紀(しづき)が、控えめに、だが、どこか浮かれたように言った。
 そこは、この近辺ではハイランクのフレンチレストランだ。
 何かイベントごとが無いと、行かないようなところなのに。

「……何で、そんな奮発してるのよ」
「お姉ちゃんを励ます為に決まってるじゃない」
「え」
 あっさりと言われ、私は、目を丸くした。

「――お母さんから聞いたよ、破談になったって」

「……そう」

「だから、気晴らしに何か、って、みんなで相談したんだ。――で、美味しいもの食べるのが一番だからさ、ワンチャン、イケるかと思って、キャンセル待ちしてたんだよね」

「元気出してね、羽津紀ちゃん」

 皐津紀と紫津紀は、そう言ってソファから立ち上がると、私にそっと二人で抱き着いてきた。
「ち、ちょっと、何よ、二人して……」
「――こんな時くらい弱音吐いて良いんだよ、羽津紀ちゃん」
「何なら、アタシの友達、紹介するよ?」
 私は、気を遣ってくれる二人から離れ、順番に頭を撫でる。
 ――それは、小さい頃、母親代わりに二人をなだめる時にしていた事だ。

「……ありがとう……気を遣ってくれて」

「気にしない!しおらしくなるなんて、お姉ちゃんらしくないわよ!」

「早く、いつもの羽津紀ちゃんになってね」

 調子に乗る皐津紀、ニコニコと笑いながらうなづく紫津紀。

「ホラ、あんた達。そろそろ、支度始めないとだよ」

 そして、ウキウキしながら、キッチンから声をかけてくる母親。

 ――気遣われているのがわかるのに、反発する気も起きないのは、きっと、みんなが本気で私を心配してくれているからだろう。

「……ありがと……」

 私はそう、ポツリとつぶやくように言った。
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