大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
 母親は、気が済んだのか、よっこらせ、と、立ち上がる。
 会うごとにカサが増しているような気もするが――本人が気にしていないなら、もう少し様子を見るべきか。
 父親が亡くなってから働きづめで、昔は食べていても消費していたかもしれないが、今は事情が違う。
 妹二人も就職し、自分は半日パートのみ。
 なのに、食べる量は変わらないのだから、当然と言えば、当然なのだけれど。

「ホラ、アンタも部屋はそのままなんだし、さっさとお風呂入って寝なさいな」

「……うん」

 私は、それにうなづくと、自分の部屋に入った。
 しばらく入る事の無かったそこに違和感を覚えながらも、ベッドの上に倒れ込むと、かすかな記憶がよみがえった。


 ――羽津紀は、こうちゃんと結婚しちゃうのかな?

 それは――いつの事だったか。
 もしかしたら、母親が言った、その後の事なのかもしれない。

 ――……そんなの、わかんない。

 そう返せば、苦笑いでうなづかれた。

 ――それもそうか。
 ――でも、羽津紀が幸せになるのが、お父さんもお母さんも一番幸せだっていう事は、覚えておいてくれよ?

 ――……うん。

 訳も分からずうなづき返し――そして――その半年後、父親は亡くなった。

 おそらく、その頃には、寿命を知っていたのかもしれない。

 ――死因は、がん(・・)

 詳しい事は、母親しか知らないから、想像でしかないけれど。
 まるで、遺言のようだったと、その後、気がついた。

「――……ごめんなさい、お父さん……」

 私は――もう、本当に幸せには、なれない。

 ――そこに、江陽がいない限り――。



 実家で一泊し、翌日の夕方、再びマンションへと帰宅すると、聖からメッセージが届いていた。

 ――もう、寮に帰ってる?

 私は、それに、今着いたところ、と、返すと着信に変わった。
『お疲れ、羽津紀ー』
「お疲れ様。聖は、今、ご実家なの?」
『うん!明日帰るからねー!』
 いつものようなテンションに、何かあったとは思わず、私は、荷ほどきをしながら通話を続けた。
「それで、何か用?明日、どこか遊びに行くとか言うのかしら?」
『――う、うん』
「そう。……まあ、たまには良いかしら」
『えっとね、羽津紀……』
 聖は、私の言葉に、口ごもりながら返す。

『……遊びに行く相手……アタシじゃなくて……想兄ちゃん、だと、ダメ、かな……』

「……は???」

 私は、思わずスマホを取り落とした。
『羽津紀ー‼大丈夫ー⁉』
「だ……だい、じょうぶ……だけど……今、何て言ったの、アンタ?」
 足元に落ちたスマホを再び耳に当てると、私は、聖に確認する。

 ――今、おかしな提案をされた気がするのだけれど。

『……だから……明日、想兄ちゃんと、デート……しない、かな、って……』

 自分でも無茶な事を言っている自覚があるのだろう。
 徐々に語尾が消えていった。
「聖、アンタね……」
『で、でもさ!失恋を癒すのは、新しい恋って言うじゃない!』
「だからって……」
 想真さんを引きずり出すのは、申し訳ないじゃない。
『あのね、違うの。想兄ちゃんの方から言われたんだよ。……羽津紀を紹介しろって……』
「――は?」
 そう思っていたら、思わぬ言葉で返され、私は、再びスマホを取り落とした。
『ちょっと、羽津紀、大丈夫なのー⁉』
 速攻拾い上げると、叫んで返す。
「――コレが、大丈夫でいられるとでも⁉」
『でも、言ったじゃない。……想兄ちゃん、羽津紀に興味持っちゃったかも、って……』
「それを馬鹿正直に信じる訳、無いでしょう!」
 私が、怒鳴るように反論すると、聖は、電話の向こうで半泣きになりそうだった。
『ゴメンー!でもさ、羽津紀、もうずっと元気無いし……気晴らしだと思って、どうかなあ?』
 心配してくれるのは、うれしいが――励ます手段がおかしくはないか。

 ――でも――聖の頼みなのだ。無下にする訳にもいかない。

 それに、相手は、その聖のお兄さん。
 一番、お世話になっていた――頼りにしていた人なのだ。

 私は、大きくため息をつく。
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