大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
「あ、あの……ここ、ですか……?」

 マンションまで車で迎えに来てくれた想真さんと、目的のホテルを見上げ――私は、引きつりながら、隣で平然とハンドルを握っている彼を見上げた。
 目の前そびえるのは、県下最高ランクのホテルだ。
 既に入り口には、ホテルマンが待機していた。

 私は、聖に選んでもらった、少し薄目のストールを握り締める。

 ――ちょっと、張り切り過ぎてないかしら……。

 そう思ったが――正解だったようだ。

 彼女が選んだ服は――まるで、ドレスのよう。
 結局、何を合わせてみようも無かったので、今日のお昼に急きょ買いに行ったのだが――。
 店員さんと話している間、ボンヤリとしていた私は、二人の着せ替え人形と化しただけで、服については何の疑問も持たずにいたのだ。
 レース袖のシフォンワンピース。
 ヒラヒラとしたそれは、心もとなかったけれど、迎えに来た想真さんの恰好を見て、納得もできた。
 彼は、その長身が映えるスッキリとしたシルエットのスーツで、ガタイの良さは、意外と目立たなかった。
 こういうものを選べるのは――やはり、同じセンスで育ったからか。

 すると、怖気づいた私に気が付いた彼は、苦笑いで言った。

「実は、友人は、デートを予定していたんですよ」

「え」

 そう、ここを選んだ理由をあっさりと言われ、思わず固まってしまう。

 ――それがキャンセルとは……まさか、振られたというコト??

 聞きたいような、聞きたくないような……。

「ですが、奥さん(・・・)、予定日よりも、かなり早かったみたいでして――、確か、昨日、産まれたんじゃないかな」

「――え、あ、そう……でしたか」

 私は、内心ホッとしてうなづいた。

「――それで、せっかくだし、と、オレが買い取ったんです」
「そういう事でしたら……」
 
 振られたのなら、他人の不幸に便乗するようで気が引けるが、出産なら幸せのおすそ分けと、とらえる事にする。
 駐車場で車を停めた想真さんは、助手席に回り、ドアを開けた。
「どうぞ。――足元、気をつけて」
「あ、ありがとうございます」
 私はうなづくと、恐る恐る、手を引かれながら降りる。
 ――やはり、慣れないヒールは、キツいのだ。
 すると、彼は、顔を上げながら、私に言った。
「ここの最上階ですよ」
「――え」
 見上げても、上が見えない建物。その最上階とは――。
 だが、もう、後には引けない。
 景色はきっと綺麗だろうから、できる限り気を逸らそう。
 二人で中に入り、フロントで受け付けに声をかけている想真さんを、少し離れて待つ。
 もしかしたら、ご友人は、泊まる予定だったのだろうか。

「お待たせしました。行きましょうか」

「あ、ハ、ハイ」

 すると、想真さんが、そう言ってエレベーターホールへ向かうので、私はそれに続いた。
 彼が階数ボタンを押し、数十秒。
 箱の扉は開き、二人で中に進もうと、一歩前に出る。

 ――その時。

 隣のエレベーターから、降り立った二人が視界に入り、私は硬直した。

「羽津紀さん?」

 想真さんに呼ばれ、我に返る。


 だが、その声が届いたのか――


 目の前の江陽は、私の方へ、勢いよく振り向いた。




「――う……づ、き……?」




 その驚いた表情に、これが、まったくの偶然なのだとわかる。

「――こ「――江陽さん、参りましょうか。お祖父様達が、お待ちですわ」

「……あ……ああ……」

 私は、思わず声をかけようとするが、ヤツの陰に隠れていた女性――叶津さんが、そう言って遮ると、チラリと視線を私へと向ける。
 そして、何食わぬ顔をして、ヤツに腕を絡ませた。
「どうかなさりました?」
「――……いや……」
 私は、その場に足を縫い付けられたように動けなかった。


 ――……ああ……これが――アンタの選択か。


 江陽の表情に、翔陽くんが言った事を思い出す。

 ――そうね。
 ――……確かに――あんな表情、アイツらしくない。

 ――何もかもあきらめたよう表情だと言った、その言葉の意味を、今、ようやく知った。

 彼女が触れた途端に――表情がすべて消え、目には、何も光が見えなかった。

 あんな江陽は――初めて見た。

「……羽津紀さん……?」
 私は、無意識に、苦笑いを浮かべる。
「――いえ……何でも、ありません……」

 ――でも――……もう、交わる事の無い世界の人間なのだ。

 私は、自分に言い聞かせると、想真さんに続いてエレベーターの中へと足を進めた。
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