大嫌い同士の大恋愛 ー結婚狂騒曲ー
社長室を後にした私と神屋課長は、エレベーターで無言のままだった。
だが、数十秒で到着すると、先に降りた私に、課長は声をかけてきた。
「名木沢クン。――オレとしては痛手だけど、考えてもらえるかな」
「……承知しました」
「ああ、それと、コレを知っているのはオレと、片桐くんだけだから――他言無用で頼むよ」
「ハイ」
私はうなづくと、課長と一緒に部屋に入った。
チラチラと受ける視線の意味は、考えないようにする。
すると、課長は、その場で声を上げた。
「ちょっと、聞いてくれ」
そして、ワールドスパイス側の企画の流出の件について、説明をした。
その内容に理解が追い付くにつれ、部屋の中がざわつく。
「課長!自分達の中に、スパイがいるって考えているんですか⁉」
二班の班長が、立ち上がり、怒りをあらわにする。
「いや、そんな大仰なものじゃないと思うが――とにかく、この後、一人ずつ聞き取りをしたいと思っている。身に覚えが無ければ、五分もかからないだろうから、協力を頼みたい」
そう言うと、課長は、頭を下げる。
――そこまでされたら。
そんな空気が流れ、その日から、社長室での聞き取り調査が行われたのだった。
結果として、片桐さんの新規企画班のメンバー、沼田さんという男性が犯人――という言い方が合っているかどうかはわからない――だった。
「そもそも、彼から出された案だったからさ……申し訳無いけど、疑っていたのは確かなんだ」
そう言って、片桐さんは、持っていた缶コーヒーを飲み干した。
部屋の外に備え付けられている自販機の前、私は、彼の隣でうつむき、もう中身の無いペットボトルの紅茶を、じっと見つめる。
社長から、事実確認が終わったと連絡があったのは、聞き取りを始めて三日後の事だった。
私達企画課全員は、終業後に神屋課長から話を聞いた。
――今回の事はショックだが、みんなには、これからもプライドを持って、仕事に励んでもらいたい。
最後にそう言って締めた課長は、かなり、疲労が顔に表れていた。
おそらく、この件で精神的に参っているのだろう。
「……ワールドスパイスの企画の方が、恋人だったんですね……」
私は、片桐さんの方を向くでもなく、ポツリとつぶやいた。
課長は、詳しい事は言わなかったが、当事者である片桐さんには伝えられていた。
そして、私も、課長補佐、という立場上、先に簡単に説明を受けていたのだ。
「うん、大学のサークルで一緒だったそうだよ。お互い、ライバル会社で切磋琢磨しようって言って、良い刺激をもらってたはずなんだけどね……」
それより先、私には、想真さんから、昼休みに直接電話があった。
ワールドスパイスの企画の女性――柿崎さんという方が、恋人である沼田さんの企画を盗み、想真さんへと上げたのだそうだ。
――柿崎さんは、ここ最近、目ぼしい企画を上げてきていなくてさ。
それで、配置換えも視野に入れていると、本人に伝えた矢先の出来事だったそうだ。
これで、名誉挽回できると思います――そう、自信満々に言われ、彼も期待したのだと。
――それは、私がOKを出した、四班の最終稿だったのだ。
行き詰まりを感じていた彼女は、沼田さんに事情を話し、彼は、励ますつもりで、自分の企画を教えたのだそうだ。
けれど、それは、口頭での事。
――だが、彼女は、彼が持ち歩いていたタブレットを盗み見て――企画のファイルごと、コピーしたのだ。
追い詰められた末の行動だったのかもしれない。
でも、それは、やってはいけない事のはずなのに。
――彼氏が気づく事は無かったそうだよ。
――だから、今回に関しては、昇龍さんは被害者だから。
私が気に病まないように、想真さんは、そう言ってくれたけれど。
「……沼田さん、辞表出したそうですね……」
「――……うん。……社用タブレットのデータを、持ち出していた訳だしね……」
そもそも、データを持ち出した彼にも、非はあるのだ。
社長は、本社からの配置転換を伝えたようだけれど、本人は、企画課という事にプライドがあったようだった。
「それでも――僕も、気づけば良かったんだ。沼田くんは、真面目だから、きっと、家でも企画を考えるつもりだったんだろう」
「――でも、それは、規定違反です」
「うん。……その上でさ。――やっぱり、プレッシャーはあったんだと思うよ」
私は、片桐さんを見上げ、尋ねる。
「……片桐さんも、ですか?」
「――……そりゃあね。――キミという門番を潜り抜けないといけない訳だから」
茶化すように目を細められ、私は、苦笑いで返した。
だが、数十秒で到着すると、先に降りた私に、課長は声をかけてきた。
「名木沢クン。――オレとしては痛手だけど、考えてもらえるかな」
「……承知しました」
「ああ、それと、コレを知っているのはオレと、片桐くんだけだから――他言無用で頼むよ」
「ハイ」
私はうなづくと、課長と一緒に部屋に入った。
チラチラと受ける視線の意味は、考えないようにする。
すると、課長は、その場で声を上げた。
「ちょっと、聞いてくれ」
そして、ワールドスパイス側の企画の流出の件について、説明をした。
その内容に理解が追い付くにつれ、部屋の中がざわつく。
「課長!自分達の中に、スパイがいるって考えているんですか⁉」
二班の班長が、立ち上がり、怒りをあらわにする。
「いや、そんな大仰なものじゃないと思うが――とにかく、この後、一人ずつ聞き取りをしたいと思っている。身に覚えが無ければ、五分もかからないだろうから、協力を頼みたい」
そう言うと、課長は、頭を下げる。
――そこまでされたら。
そんな空気が流れ、その日から、社長室での聞き取り調査が行われたのだった。
結果として、片桐さんの新規企画班のメンバー、沼田さんという男性が犯人――という言い方が合っているかどうかはわからない――だった。
「そもそも、彼から出された案だったからさ……申し訳無いけど、疑っていたのは確かなんだ」
そう言って、片桐さんは、持っていた缶コーヒーを飲み干した。
部屋の外に備え付けられている自販機の前、私は、彼の隣でうつむき、もう中身の無いペットボトルの紅茶を、じっと見つめる。
社長から、事実確認が終わったと連絡があったのは、聞き取りを始めて三日後の事だった。
私達企画課全員は、終業後に神屋課長から話を聞いた。
――今回の事はショックだが、みんなには、これからもプライドを持って、仕事に励んでもらいたい。
最後にそう言って締めた課長は、かなり、疲労が顔に表れていた。
おそらく、この件で精神的に参っているのだろう。
「……ワールドスパイスの企画の方が、恋人だったんですね……」
私は、片桐さんの方を向くでもなく、ポツリとつぶやいた。
課長は、詳しい事は言わなかったが、当事者である片桐さんには伝えられていた。
そして、私も、課長補佐、という立場上、先に簡単に説明を受けていたのだ。
「うん、大学のサークルで一緒だったそうだよ。お互い、ライバル会社で切磋琢磨しようって言って、良い刺激をもらってたはずなんだけどね……」
それより先、私には、想真さんから、昼休みに直接電話があった。
ワールドスパイスの企画の女性――柿崎さんという方が、恋人である沼田さんの企画を盗み、想真さんへと上げたのだそうだ。
――柿崎さんは、ここ最近、目ぼしい企画を上げてきていなくてさ。
それで、配置換えも視野に入れていると、本人に伝えた矢先の出来事だったそうだ。
これで、名誉挽回できると思います――そう、自信満々に言われ、彼も期待したのだと。
――それは、私がOKを出した、四班の最終稿だったのだ。
行き詰まりを感じていた彼女は、沼田さんに事情を話し、彼は、励ますつもりで、自分の企画を教えたのだそうだ。
けれど、それは、口頭での事。
――だが、彼女は、彼が持ち歩いていたタブレットを盗み見て――企画のファイルごと、コピーしたのだ。
追い詰められた末の行動だったのかもしれない。
でも、それは、やってはいけない事のはずなのに。
――彼氏が気づく事は無かったそうだよ。
――だから、今回に関しては、昇龍さんは被害者だから。
私が気に病まないように、想真さんは、そう言ってくれたけれど。
「……沼田さん、辞表出したそうですね……」
「――……うん。……社用タブレットのデータを、持ち出していた訳だしね……」
そもそも、データを持ち出した彼にも、非はあるのだ。
社長は、本社からの配置転換を伝えたようだけれど、本人は、企画課という事にプライドがあったようだった。
「それでも――僕も、気づけば良かったんだ。沼田くんは、真面目だから、きっと、家でも企画を考えるつもりだったんだろう」
「――でも、それは、規定違反です」
「うん。……その上でさ。――やっぱり、プレッシャーはあったんだと思うよ」
私は、片桐さんを見上げ、尋ねる。
「……片桐さんも、ですか?」
「――……そりゃあね。――キミという門番を潜り抜けないといけない訳だから」
茶化すように目を細められ、私は、苦笑いで返した。