魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「わきまえていればわたくしが許すとでも思ったの?」
ふんと令嬢が鼻で笑った。その視線は氷のようにひんやりとしている。
「え?」
「残念ね。今日はあなたと話し合いをしにきたわけではないの。あなたを排除しにきたのよ。安心なさい。寛大なわたくしは命だけは助けてあげるつもりよ。死んだ方がマシだったとは思うかもしれないけど、そこまではわたくしの責任ではないわ」
(どういうこと?)
「やりさない」
令嬢の冷酷な指示に従って、男がアリーセの方にやってくる。やれやれとでも言いたげな表情だが、命令は遂行するつもりらしい。手にはナイフを持っている。
「悪いな。こちらも仕事なんだ」
命の危機を感じたアリーセは、とっさに短い呪文を唱えると自分の前に風の壁を作った。
突然目の前に現れた不思議な壁――魔法だ。男が驚いた顔をする。
しかし、一番大きな反応を示したのは、高みの見物を決め込むつもりだったらしい令嬢だった。
「魔女だわ! ジギワルド様は魔女にたぶらかされていたのね! 気が変わったわ。殺しておしまいなさい!」
精一杯後ろに下がった令嬢は、侍女の後ろに隠れるようにしながら大声で怒鳴り立てる。盾にされた侍女は恐怖で顔を真っ青にしていた。
目の前の壁を維持しながら、アリーセは男の様子を見た。
魔女になんか関わりたくないと逃げていってくれないだろうか。そうしたら、今密かに唱えている攻撃魔法を使う必要はなくなる。あまり使い慣れていない魔法だ。制御にあまり自信はない。だから。
しかし、そのかすかな望みは絶たれる。男は平然としていた。
(魔法を恐れないの?)
アリーセが村人の前で魔法を使ったとき、アリーセに近づこうとする人間なんて一人もいなかった。監視者だってそうだ。ジギワルドのような存在は少数派。目の前で魔法を使ったわけでもないのに、魔女とは一秒たりとも同じ場所にはいたくないとばかりに去って行く者の方が多い。
この国では、令嬢や侍女の方が正常な反応なのだ。
薄れつつある風の壁越しに、男と目が合う。男の口元がかすかに動いた。
「何をしているの! 殺しなさい!」
令嬢が後ろで必死にわめいているが、男は気にしたそぶりもない。令嬢に向かって言う。
「冗談。俺は殺し屋じゃない。それに魔女を殺すなんてもったいないだろう」
「どういうこと!」
「魔女が高く売れる国もあるんだよ」
男はそう言うと、呆然としているアリーセの方を向いて笑った。
令嬢はまだわめき散らしているが、男は完全に無視することにしたらしい。
(人買い……)
「驚いているみたいだな。魔法が消えかかっているぞ」
アリーセははっとした。男の指摘の通り、アリーセを守っていた風の壁が、大分弱々しくなっている。アリーセは慌てて呪文を唱えようとして――自分の口から声が出ないことに気づいた。
声が出なくては、呪文も唱えられない。違う。声だけじゃない。身体が動かない。
(――え?)
慌てるアリーセに対して男はにやりと笑う。いつの間にか近くに立っていた男は、手際よくアリーセの右手首にぱちんと金属製の腕輪をはめてしまう。
「念のため魔封じの腕輪を持ってきてよかったぜ」
感じたのはなんとも言えぬ不快さ。まるで何かを吸い取られるようなそんな感覚。本能で、この腕輪をしている限り魔法は使えないとわかる。すぐにでも外したいのに、身体が言うことを聞かない。
(もしかして、魔法で私の身体の動きを封じた?)
疑うアリーセの表情を見て男がにやりと笑った。
「あー。少しやり過ぎたか。まあいい。しばらくの間、面倒だから眠っていてもらおうか」
抵抗することもできないまま、アリーセの鼻と口を覆うように白い布が押しつけられる。鼻で息を吸い込み、しまった、と思ったときにはもう遅かった。
鼻の奥で感じる刺激臭。意識が遠のいていく。
ふんと令嬢が鼻で笑った。その視線は氷のようにひんやりとしている。
「え?」
「残念ね。今日はあなたと話し合いをしにきたわけではないの。あなたを排除しにきたのよ。安心なさい。寛大なわたくしは命だけは助けてあげるつもりよ。死んだ方がマシだったとは思うかもしれないけど、そこまではわたくしの責任ではないわ」
(どういうこと?)
「やりさない」
令嬢の冷酷な指示に従って、男がアリーセの方にやってくる。やれやれとでも言いたげな表情だが、命令は遂行するつもりらしい。手にはナイフを持っている。
「悪いな。こちらも仕事なんだ」
命の危機を感じたアリーセは、とっさに短い呪文を唱えると自分の前に風の壁を作った。
突然目の前に現れた不思議な壁――魔法だ。男が驚いた顔をする。
しかし、一番大きな反応を示したのは、高みの見物を決め込むつもりだったらしい令嬢だった。
「魔女だわ! ジギワルド様は魔女にたぶらかされていたのね! 気が変わったわ。殺しておしまいなさい!」
精一杯後ろに下がった令嬢は、侍女の後ろに隠れるようにしながら大声で怒鳴り立てる。盾にされた侍女は恐怖で顔を真っ青にしていた。
目の前の壁を維持しながら、アリーセは男の様子を見た。
魔女になんか関わりたくないと逃げていってくれないだろうか。そうしたら、今密かに唱えている攻撃魔法を使う必要はなくなる。あまり使い慣れていない魔法だ。制御にあまり自信はない。だから。
しかし、そのかすかな望みは絶たれる。男は平然としていた。
(魔法を恐れないの?)
アリーセが村人の前で魔法を使ったとき、アリーセに近づこうとする人間なんて一人もいなかった。監視者だってそうだ。ジギワルドのような存在は少数派。目の前で魔法を使ったわけでもないのに、魔女とは一秒たりとも同じ場所にはいたくないとばかりに去って行く者の方が多い。
この国では、令嬢や侍女の方が正常な反応なのだ。
薄れつつある風の壁越しに、男と目が合う。男の口元がかすかに動いた。
「何をしているの! 殺しなさい!」
令嬢が後ろで必死にわめいているが、男は気にしたそぶりもない。令嬢に向かって言う。
「冗談。俺は殺し屋じゃない。それに魔女を殺すなんてもったいないだろう」
「どういうこと!」
「魔女が高く売れる国もあるんだよ」
男はそう言うと、呆然としているアリーセの方を向いて笑った。
令嬢はまだわめき散らしているが、男は完全に無視することにしたらしい。
(人買い……)
「驚いているみたいだな。魔法が消えかかっているぞ」
アリーセははっとした。男の指摘の通り、アリーセを守っていた風の壁が、大分弱々しくなっている。アリーセは慌てて呪文を唱えようとして――自分の口から声が出ないことに気づいた。
声が出なくては、呪文も唱えられない。違う。声だけじゃない。身体が動かない。
(――え?)
慌てるアリーセに対して男はにやりと笑う。いつの間にか近くに立っていた男は、手際よくアリーセの右手首にぱちんと金属製の腕輪をはめてしまう。
「念のため魔封じの腕輪を持ってきてよかったぜ」
感じたのはなんとも言えぬ不快さ。まるで何かを吸い取られるようなそんな感覚。本能で、この腕輪をしている限り魔法は使えないとわかる。すぐにでも外したいのに、身体が言うことを聞かない。
(もしかして、魔法で私の身体の動きを封じた?)
疑うアリーセの表情を見て男がにやりと笑った。
「あー。少しやり過ぎたか。まあいい。しばらくの間、面倒だから眠っていてもらおうか」
抵抗することもできないまま、アリーセの鼻と口を覆うように白い布が押しつけられる。鼻で息を吸い込み、しまった、と思ったときにはもう遅かった。
鼻の奥で感じる刺激臭。意識が遠のいていく。