Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 リビングに入る前の廊下で固まっていると、弟の(ごう)が扉から顔を覗かせた。「どうしたの」と尋ねられ、ううんと首を振った。「なんでもない」。そう答えてから弟の顔や腕にふと目が留まる。

 「郷こそどうしたの? その絆創膏。怪我?」
 「……うん。まぁ、ちょっと」

 郷は僅かに眉根を寄せ、居心地が悪そうにふいと目を逸らした。日中どこかで転んでしまったのだろうか。腕はともかく、鼻の頭や左頬にまで擦り傷ができている。

 「僕もう疲れたから寝るね。晩御飯、カレー作っておいたから」
 「あ、うん。ありがとう、助かる」

 想乃は足元に落ちたシュシュを紙袋に仕舞い、リビングの床に鞄を置いた。

 ふたつのシュシュのうち、ひとつは数日前に無くしたと思っていたものだった。クリーム色のそれは使い勝手が良く、仕事の時はだいたいそれを身につけていた。そしてもうひとつは透明な袋に包まれた新品のシュシュ。淡いピンク色で可愛らしいけれど、いったい誰からと思うと不気味でしかない。

 無くしてしまったシュシュが手元に戻り、また使うかどうかを思案した。知り合いが拾って直接手渡してくれたなら、以前のように使うこともできたかもしれない。紙袋から出して手の平に置いたまま見ていると、なぜかおかしな異臭が鼻をついた。
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