Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
「現在日本の医療でこの療法を取り入れている病院は少ないんです。今回南沢でも新たな医療として取り入れようと働きかけてくれたのがナミキホールディングスさんでした。浅倉さんさえ良ければ実施の方向で動く所存です。専門の知識と資格を持った音楽療法士の存在も必要なので、お母さまの担当が決まり次第ご連絡いたします」

 母の病状について、少しでも回復する見込みがあるのなら断る理由などない。想乃はゆっくりと顎を引き、お願いしますと続けていた。

「ぜひ、実施の方向で動いてください。お母さんを助けてください」

 お願いします、と繰り返し頭を下げた。藤川の顔が安堵で緩む。「ええ勿論です」と言って笑顔で頷いている。

「それでは書類での同意が必要となりますので、いったん部屋を移しましょう」
「はいっ」

 担当の藤川について歩きながらなぜ、という問いが頭を駆け巡っていた。植物状態にも効果を得られる医療があるのなら、なぜこれまでに取り入れていなかったのだろうか。そう思ってみたものの、おそらくはお金がかかるからだと思った。隣りに並んだ慧弥をひそかに盗み見る。

 遷延性(せんえんせい)意識障害において、回復の見込みがうすく治療行為のできない状態が数ヶ月以上続くと、患者家族はベッドを空けるよう、一年もしないうちに退院を迫られる。
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