Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 これぞと思う曲を選べたらもっともっと完成度を上げられるのに。なにを弾いても首を傾げ、うっかり不満が顔に出てしまう。

 これまでに慧弥から聞いていた言葉を思い返してみた。

 ーー「俺の亡くなった母親がピアノを弾いていた」

 ーー「俺は母親の弾くピアノが大好きだった。父も一緒だよ」

 せめてお母さまが好んで弾いていた曲がわかれば……。

 音楽にはストレスの軽減やリラックス効果は勿論のこと、人の感情を揺さぶり、記憶を呼び覚ます効果がある。今回、母の治療で演奏してみて改めて気付かされたことだ。だからこそ、自分がどの曲を選ぶかが重要なのに……。

 弾いていた曲を途中で止めてため息を浮かべた。不意にピンポン、とインターフォンが鳴った。

 壁に掛けられた時計に目を向ける。午前十時半だ。一瞬、慧弥が手配した宅配便かもと思うけれど、自宅になにかが届く際は前もってラインが入る。それが来ていないということは……?

 想乃は来訪者を警戒して、そっとドアスコープを覗いた。え、と一瞬にして息をのむ。

 恐る恐る扉を開けると「おはよう」と言って、彼女が清々しい笑みで立っていた。
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