Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
第七章 心の距離と秘められた傷


 こんな奇跡みたいなことが、本当に起こるなんて……。

 慧弥の車で自宅へ送ってもらう間、想乃は考え込んでいた。

 ——「あの契約は破棄して、正式に婚約しよう」

 確かに彼はそう言った。信じられないぐらい、真っ直ぐに。

 あの瞬間、頭が真っ白になり、ただ頷くことしかできなかった。

 私……慧弥さんと離れなくていいの? 本当に? この先もずっと一緒にいられる?

「なに考えてるの?」

 運転したまま、慧弥が片方の手を想乃に伸ばした。ほっそりとした想乃の手に触れて、ぎゅっと繋いでくる。

 最近になって気づいたことだが、慧弥の左手の甲にはうっすらとした小さな(あざ)がある。どこか鳥の形に似ている。

 じわりと、胸の奥から喜びが溶け出し、熱くなった。想乃は唇をきゅっと結んではにかんだ。

「慧弥さんと……もうお別れしなくていいんだなって」
「喜びに浸ってる?」
「……はい。夢みたいで」

 慧弥は「ふふっ」と笑い、「想乃らしいね」と流し目を送った。

 契約破棄を確実なものにするため、慧弥は「俺が送ったPDFもちゃんと消しておいてね?」と念を押した。

 自宅に着くまでの間、想乃はたくさん考えた。今日一日があまりにも目まぐるしかった。衝撃的なことが次々と起こって、頭が働かずにいたけれど。

「着いたよ」

 慧弥の車が門の前で停車すると、ようやく冷静さを取り戻した。

「……あの。ひとつ聞いてもいいですか?」
「うん。なに?」
「どうして私が……あのホテルにいるってわかったんですか?」

 慧弥に尋ねながら、ふと、ある考えが脳裏に浮かんだ。
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