Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
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一瞬、なにを言われたのかわからなかった。思考がストップし、考えるのを拒否していた。
慧弥は、わずかに震える唇を引き結び、想乃を見つめた。少しだけ口角を上げて、無理やり笑おうとしている。「引いたよね?」と目だけで問いかけている。
慧弥は目を伏せ、ぽつりぽつりと話し始めた。その口調は、ただ起こったことだけを機械的に話そうと努めていた。
慧弥が高二の、夏の終わりだったいう。姉の黎奈はパリに留学中で、父の慧も仕事で不在だった。
家に残されたのは、慧弥と、その年の春に父と再婚したばかりの穂花、そして穂花の連れ子の花奏だけだった。
住み込みの家政婦・田代も夕食の準備までは一緒だったが、体調を崩していたため、穂花が気遣って早めに休むよう促した。『配膳は自分たちでやっておくから』と。
慧弥は、日頃から母らしく振る舞おうとする穂花を微笑ましく思い、受け入れ初めていた。
慣れない手つきで家事をする穂花に声をかけ、義妹の花奏と一緒に配膳と後片付けを手伝った。
その日の深夜、妙な違和感で目を覚ました。薄く目が開き、眠りから覚めたと自覚しているのに、やけに体が重く動かない。
むせ返るほど濃い香水の匂い。小刻みに揺れる自分の体。息が詰まるように苦しい、と感じた。