Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 その度に、母の頭がわずかに前後へと揺れ、腕がかすかに動いた。

 お母さん……。

 想乃は、息を詰めながら母の表情を一瞥した。

 静かな調べが、病室全体を包み込む。

 揺れに身を任せる母の瞳は、相変わらず虚ろで焦点を結んでいない。

 想乃の指が鍵盤をなぞるごとに、かすかに記憶が蘇る。

 母に見守られながら、練習した日々。発表会前、何度も何度も繰り返したレッスン。上手く弾けないと落ち込んだとき、母が手を握って励ましてくれた。手のひらに感じた……母のぬくもり。

 ふと、視線を上げる。

 母の表情が、ほんの少しだけ変わっているような気がした。

 わずかに眉が寄り、まばたきの間隔が乱れている。

 ………?

 気のせいだろうか。

 想乃は息をのみながら、演奏を続ける。

 その瞬間だった。

 母の視線が、微かに動いた。

 まるで音を追うように、焦点の合わない瞳が揺らぐ。

 療法士が息をのんだ。

「……今、目が……?」

 想乃の心臓が、どくんと跳ねる。

 母の目が、ゆっくりと、何かを探すように動いた。これまで天井を見つめていた視線が、徐々に横へと流れていく。そして——。

 想乃がいる場所で、止まった。

 信じられなかった。

 体の奥底から歓喜があふれ、一瞬にして鳥肌が立つ。
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