Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 十ヶ月。何をしても応えてくれなかった母の目が、今、確かに自分を映している。

「……お母さん?」

 想乃は慌てて立ち上がり、母のそばに寄った。「お母さん!」と再び呼ぶ声は、震えていた。

 母の瞳が、微かに揺れる。口元がかすかに動いた。

「……想、乃……?」

 細く、掠れた声が、空気を震わせる。

 想乃の視界が一気に滲んだ。

「お母さん……! 聞こえる? わかる?」

 涙がこぼれるのも気づかないまま、母の手を握った。指はまだか細いままだったが、その手が、ほんのわずかに、想乃の指を握り返した。

 療法士がそっと目元を押さえた。「奇跡ですね」と言い、小さく鼻をすすっている。

 想乃は母の手を離さないまま、もう一度、はっきりと母の目を見つめた。

「お母さん……! 私、ここにいるよ?」

 母の唇が、かすかに微笑む。それは、十ヶ月ぶりの、母の笑顔だった。
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