Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 並樹との会話を思い返し、心臓の奥がきゅっと痛んだ。もし、郷が苦しんでいる現場に彼がいなかったらと思うと怖くてたまらなくなる。郷の心にも体にも、一生消えない傷ができていたかもしれない。

 彼がいてくれて良かったと思う。並樹さんが郷を助けてくれて、本当に……。


 ーー「僕、今日、姉ちゃんの友達に会ったよ? 男の人なんだけど。スーツを着た営業マン」

 ーー「向こうは姉ちゃんのこと知ってたよ? 僕が弟だって見て分かったみたいだし」

 ーー「すっごく強くて優しい人でお金持ちな感じの……」


 一昨日郷と交わした会話がふと脳裏へ蘇った。想乃は自然と眉をひそめた。あれ? と思う。

 今なにかが引っかかった。思わず向かいに座る並樹を見てしまう。彼と目が合った。にこっと微笑まれ「どうかした?」と尋ねられる。想乃は「いえ」と返事をした。

 そんなはずがない。きっと自分の聞き間違い、そうに違いない。想乃は手前に置いたグラスにまた口をつけた。

 ほどなくしていい香りが宙から降ってきた。スタッフの女性が「お待たせしました」と言って、ステーキセットを並樹と想乃の手前に並べてくれる。ステーキとサラダとライスが上品に配置された。

 匂いとともに白い湯気がふわっと頬に触れた。想乃はごくりと唾を飲み込んだ。
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