男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 受付を通ると、夜景が一望できるフルガラス。店内は活気に満ち溢れ、多くの人が笑顔で料理を楽しんでいる。案内された席に座り、飲み物が注がれる。今日は、コース料理で飲み物も新道先生が料理に合わせて選んだものが出てくる。つまり、私たちは運ばれるのを待って美味しく食べればいいだけだ。なんとも気楽な食事だろう。
 空席だった隣の席にスーツ姿の男性が席に座ろうとしていたのが視線に映り込んでくる。その影が、なんとも見覚えある造形で……。

「ま、丸留さん?」

 丸留さんは、微笑みながら会釈する。ついさっきまで一緒にいたじゃないか。しかも別れ際、まるで外で待っているかのような振る舞いだったよね。それなのになぜここにいる?

「俺もいるんだが」
「んふふ、お兄様。一番に声をかけられなかったこと気にされているのですか?」
「ち、違う。ただ、挨拶をだな」
「よ、頼人さんも?」

 真横に座ったのは頼人さんではないか。

「も、とはなんだ。も? とは」
「いや、他意はなくて」
「お兄様ったら、世奈様がお困りではないですか。んふふ」

 ルココちゃんは驚きもせず、ナチュラルに頼人さんと話ている。もしかして、私だけが知らなかったのか。
 招待されたのが2名までだったからといって、2人しか来店できないわけではない。だって、ここはレストランだ。お金さえ払えば誰だって食事ができる場所だ。
 彼らに会う前の私には縁がなかった世界だが、この高級レストランも彼らにとっては、ファストフードのようにいつでも行けるような店なのだろう。
 なんだか、当たって申し訳ない、頼人さんや丸留さんに当たっていた方が良かったんじゃないか、なんて悩んでいた自分がバカバカしく思えてきた。

 招待された私たちの席には、料理教室で学んだメニューの上位互換版が、次々と運ばれてきた。美味しいのは言うまでもなく、一流のお皿に、洗練された盛り付け、料理に合わせた飲み物もここに来なければ味わえない最高の体験だった。
 
「わたくし達もお料理を頑張りたくなりますわね」

 ルココちゃんは、幸せそうに口にした。
 本当に料理が好きなんだな。私ときたら美味しい美味しいと思うばかりで自分で料理することなんて一ミリも考えてなかった。

「そう思っていただけると僕も教え甲斐がありますよ」
「新道先生」
「世奈ちゃんも楽しんでくれましたか?」
「あ、はい」

 苦笑いで答えると新道先生は、首を少し傾けて不思議そうにしながらも、一息ついてゆっくりと後ろを振り向く。

「世奈ちゃんも戸惑うはずだよね。まさか君たちも来てくれるとは僕も思ってもいませんでした」

 歯切れの悪い私の返答が、頼人さんたちのせいにされてしまった。すみません。そういうつもりはなく、ただ料理をより一層頑張ろうと思えるように企画されている招待枠を私のような食べるのに満足した輩がきてしまい、申し訳ないという戸惑いだったのです。
 そんなことを伝えたくても、この空気は、私が口を挟むことを許してくれないみたいだ。
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