男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
「だ、大丈夫です。立ち上がれますか?」
「う〜ん、難しいみたいだ」

 外見が男のように見える私でも、筋肉はその辺にいる女性と同じだ。流石に覆い被った大人の男性一人を持ち上げる力がない。

「めまいですか? 吐き気とかしますか?」
「う〜ん。吐き気するから背中さすってくれたら少しは良くなって起き上がれるかもしれないな」

 一刻も早く退いてほしいので、言われるがまま背中に手を伸ばし、ゆっくりとさする。

「はぁ〜。ああ、いい。んっいいよ」

 耳元で吐息交じりで言われると気持ち悪い。
 あ、そうだ。ポケットにスマホある。スマホで誰かを呼んでーー。

「ダメだよ」

 新道先生の手が、ズボンのポケットに手を突っ込んだ私の手首を強く握る。

「せっかくのパーティー台無しにしたら、僕が怒られるんだよ。まだ気持ち悪いからさすってよ。ここには当分誰も来ない」

 気持ち悪い。
 体が、心が拒否している。それなのに、私は先生を押し退けることも声を上げることもできない。

「世奈ちゃんになら背中以外に触られても、僕は何にも誰にも言わないよ」

 何を言っているんだこの人は。
 強く握られた手首の痛さに、声をあげれば、下手をしたらと最悪なことばかりが頭をめぐる。

「そっか。僕から先にしてあげないとね」

 首元にひんやりと何かが這いずる。

「敏感なんだね。僕は紳士だから、沢山楽しませてあげるよ」

 ヤダ。怖い、何が起こっているの? どうして、なんで私はこんなことになっているの?

「っ、$#ぁっX&¥%」

 恐怖で言葉にならない声が、か細い虫の音のように喉を通る。
 もう嫌だ。なんで、誰か、ルココちゃん、丸留さん……頼人さん!

 怖すぎて目をぎゅっと瞑っていると、大きな声と物音、言い合いする声がしたが、混乱し、ただただ、静まるまで何もできず、何も理解できなかった。肩を大きな手で強く掴まれ、緊張がより一層強くなる。

「おい、目を開けろ」
「世奈様、もう大丈夫ですわ」

 頼人さんの必死な声。ルココちゃんは、震えた声をなんとか抑えて、私を安心させようとしてくれているようだ。
 ゆっくり目を開けると頼人さんの困り果てた表情が飛び込んできた。大きな手は新道先生ではなく、頼人さんだったと分かった時、私は両手で頼人さんの体を抱き寄せ、胸に顔を埋めて泣いた。
< 38 / 48 >

この作品をシェア

pagetop