男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
***

 この業界、世界が狭すぎる。そして、話は尾ひれをつけて飛び回る。
 新道に誘われて行ったパーティーで、白井は新道に襲われた。同意の上だとほざく新道だったが、白井の反応を見れば明らかだ。それに、彼女が男を相手にするはずがない。それなのに……。

「聞いた? 頼人さん、遊び人なんだって」
「違うよ。彼女が遊び人で騙されてたんだって」
「え? 私、頼人さんバイだって聞いたよ」

 なんでそうなるんだよ。
 会社ではこんな話がそこら中でされている。父の耳にももう入っているんじゃないかと思っている。

「そんなわけないじゃん。頼人さんは、密かに将来を誓った女性がいたのに、その彼女、実は頼人さんの知り合い男性みんなと体の関係持ってたって話が事実よ」

 んな事実、ねぇよ。
 父の耳に変に情報が入る前に、自分で言いに行くとするか。

 その晩、久しぶりに実家で夕食を食べることになった。仕事を切り上げ、家に行くと、ルココが満面の笑みで迎えに来てくれた。あんなことがあったのに、健気な我が妹だ。

「お兄様、ルココにお任せください」

 なぜルココは胸を張っているのだろうか。今日の晩御飯でも作ったのだろうか。気付かぬふりして、シェフの料理はやっぱり美味いな、と言って喜ばせるとするか。
 いつもは遅れて帰ってくる父は、今日珍しく、時間通りに帰ってきた。どこか表情は硬く、俺から視線を逸らしているようだ。
 変な噂が耳に入ったに違いない。一歩出遅れてしまったか。
 いつものように静かな食卓。コースで提供される料理たち。

「やっぱりシェフの料理は美味いな」

 ルココは、ニコッと微笑んで食事を続ける。薄々気づいてはいたが、ルココは夕食に携わっていない。自分で作っていたら嬉しそうに語りが始まるが、そうじゃなかった。
 一体何を任せろと胸を張ったんだろう。

「彼女の料理はどうなんだ?」

 食事中、会話に入ってこない父が珍しく入り込んできた。やっぱり聞いていたのか。

「まあ、頼人に彼女が?」

 少なくとも俺の彼女ではない。今日一日、どう説明するか考えてきたが、誤解を生じさせることなく、ルココとの関係を受け入れてもらうために、上手い説明ができるだろうか。ルココが人生をともにしたいと選んだ相手、両親への印象もよくしておかないといけない。新道の過ちを伝えるのは自業自得だが、下手に伝えると白井の印象が悪くなる。
 ここは慎重に。
 深呼吸して、生きを整え、覚悟を決める。

「父さーー」
「ええ。そうですの。白井世奈様というお名前なのですが、とても素敵なお姉様ですの」

 ルココが、俺を遮り父と話し始めた。しかも、そうですと言わなかったか、今。

「ルココは知っていたの?」
「ええ。仲良くさせていただいておりますわ。お料理教室も一緒に通っておりましたの」

 ルココの声のトーンは、最後の方になるにつれ落ちていった。

「新道さんのところの?」
「ええ。ルココがお誘いしなければ、あんな怖い目に遭わせることはなかったのに」
「何かあったのか?」

 あの会場での騒動は、双方の意向により、他言無用となった。騒ぎを聞いて駆けつけた人たちには、芹沢家と新道家が関わっていたことは秘めるようにと、箝口令が敷かれた。
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