男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
***

 パーティーで起こった出来事は今でも夢に見る。
 怖くて怖くて、起きてもしばらくは本当に今が現実なのか、夢に見ていたことが本当は続いているのではないか、と不安になる。

「大丈夫か? うなされていたぞ」

 水の入ったコップを持った頼人さんが、寝室に入ってくる。
 頼人さんの顔を見ると落ち着くのはなぜだろう。

「ありがとうございます」

 コップを受け取り、水を口に含む。
 あの日、取り乱した私は、一生頼人さんの服を掴んだまま家まで送ってもらった。一人になるのが怖かった。
 首筋や耳、胸に残る気持ちの悪い感触。
 すぐに頼人さんがきてくれたからそれ以上何もなかったけれど、私にとっては大きなことだった。
 新道先生のご両親に土下座で謝られ、示談にして欲しいと言われた。頼人さんやルココちゃんは警察に行くことも勧めてくれたが、この程度でと警察に言われて終わってしまうことも考えたし、大ごとになればルココちゃんとの約束が守れなくなる可能性があるんじゃないかと思った。これ以上周りを巻き込むより早くこの場から離れて、ルココちゃん達に迷惑かけないようにしなきゃと思った。
 でも、控室を出る時に廊下にいた新道先生と目が会った時、とても怖い目をしていた。欲情ではなく、恨みや嫉みといった黒い部分が表情に現れているようだった。それが家に帰ってきても頼人さんから手を離せなかった本当の理由だと思う。一人になる恐怖が、不安が私を襲った。

「また寝られるまでここにいるから安心しろ」

 あの日から頼人さんは、毎晩この家に来て、リビングのソファーで寝起きしている。もう大丈夫ですと言っても、まだ悪夢にうなされているだろうと言って、私を気にかけてくれている。頼人さんがいてくれて、私は安心して眠りに就くことができて助かってはいるが、十分な広さのあるソファーといえど、大企業の御曹司をソファーで寝起きさせていることに罪悪感を覚える。

「すみません」
「謝らなくていい。もし、今日行くの嫌だったら仮病でもなんでも使っていいからな」

 そうだ。もう今日か。
 時刻は、夜中の三時。
 今日、なぜか頼人さんの彼女として芹沢家に挨拶に行くことになった。先日ルココちゃんと頼人さんが来て、経緯を説明してくれはしたが、よく分からなかった。
 私はルココちゃんの婚約者、もとい恋人のふりしていたはずなのに、その上でご両親には頼人さんの彼女のふりして会わなければならないという状況に陥っているらしい。
 まあ、そもそも男としてご両親を騙すというのはかなり無理があったから、頼人さんの彼女という体の方がまだ嘘がバレない可能性はある。
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