男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
「はい。カプチーノ」
「あ、ありがとうございます」

 藻風君からカプチーノ入りの袋を受け取る。四カップが入る紙袋にカプチーノと砂糖とミルクとマドラーが入れられている。仕事が早すぎる。
 カプチーノの対角線上にホットコーヒーが入ったカップを入れる。

「お気をつけてお持ちください」
「ありがとう」

 可愛らしい笑顔でお礼を言い、斜めにならないようにと紙袋の底を小さな手で支えて持っていく姿は、一生私が手に入れられないものだった。小さい頃から周りより背が高く、顔も可愛いとは縁遠い作り。でも、私は私だったからルココちゃんに出会い、どうにもならなかった人生から今ここにいられると思うと、案外悪くなかったのかもしれない。

「あとは任せて。空になった紙袋とか畳んでまとめて」
「はい」

 袋やカップホルダーを畳み、空の袋に一つにまとめる作業を黙々と続けながらオフィスを見渡すと、モカさんを見つけた。マドラーでカップの中を混ぜ終え、蓋をして笑顔でそのカップを窓側の席に持って行く。
 ディスプレイで顔が見えなかったが、受け取るときに少し体を傾けたことで私にもその人の顔が見えた。

「ホットコーヒーお待たせしました」
「ああ、ありがとう」

 頼人さん……。
 受け取ったカップにすぐに口をつける。
 でも頼人さんが飲むのはブラックだ。
 多分頼人さんもすぐに気づいたんだ。砂糖とミルクが入っていることを。

「おま……」

 私が見すぎたいたせいか、頼人さんと目が合った。
 だがその目はすぐに逸らされた。

「なんでもない」
「美味しいですか?」
「っあ、あぁ」

 嘘が下手だ。
 遠いからしっかり声が聞こえるわけじゃないけれど、なんとなくそんな会話しているように聞こえた。

「世奈君、どうかした?」
「え? いいえ」
「配り終えたし、戻ろうか」
「はい」

 頼人さんは、ルココちゃんにとても甘い。最初私のことを男だと思っていたから意地悪だったけれど、女性と分かってトゲがとれた感じがした。モカさんへの反応で確信した。
 やっぱり頼人さんは女好きなんだ。


***

 今日は、白井が初出勤。オフィスで一緒に働くことも視野に入れて教えていたが、まさかカフェで働かせるとは、父は何を考えているのか。
 お昼時にチラッと覗いた時は、パニックという言葉を体で表しているかのような慌てっぷりだった。あんな一面もあるのかと思いながら、外で昼食を済ませた。戻ってきてもまだ忙しさは続いていて、コーヒーを頼むのも躊躇するほどだった。
 三時からはデリバリーを行っているのは知っていた。そろそろ落ち着いているだろうし、初日に沢山経験させた方が彼女のためになるだろう。
 俺は、部下に最近忙しさが続いているからと、適当な理由をつけて全員に飲み物を奢ることにした。
 大量の注文で彼女が来ないわけがないという予想は的中した。一生懸命対応する彼女を見ると少し心が癒された。
 癒された? 俺、何考えてんだ。
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