〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 掃除を人任せにして自分達は何もやらずに、動画を撮り合ってふざけている舞達の行いが雪枝には許せなかった。
そうして放った一言が、引いてはいけない禁断のトリガーだと彼女は知らなかった。


 ──“夏木さん達も掃除をやりなさいよ”──


 しんと静まる教室に舌打ちが響く。舌打ちの主は他ならぬ舞だった。
帰りのHRの後、雪枝は和美、恵里佳、亜未の三人に囲まれた。逃げ場を失った雪枝を待っていたのは、終わらない清掃地獄。

黙々と掃除を行っていた二人も傍観者のクラスメート達も雪枝を置いて帰ってしまった。
夏木舞に逆らうとどうなるか、彼女達は知っているのだ。

「大橋さんは外部だから知らないよね。この学校でまいまいに逆らうと生きていけないよぉ?」

 高等部の生徒の3分の2は中等部からのエスカレーター組、残り3分の1は外部中学からの受験組で構成されている。

今年度、高等部一年に進級した夏木舞は中学受験とは無縁のエスカレーター組だ。

和美、恵里佳、亜未も舞と同じく中等部からのエスカレーター組。中学まで公立通いだった雪枝だけが外部からの受験組だ。

「せ、先生に……」
「あんた馬鹿?」
「先生に言うなら言ってみればぁ?」

 雪枝を小馬鹿にする笑い声は舞を合わせて四人分。
彼女達にとって教師は怖い存在ではない。彼女達にとって教師は、舞の言いなりになる奴隷も同然。

「さぁて問題です。高等部の制服のデザインが新しくなったのはどうしてでしょう?」
「正解はぁ、まいまいが高等部の制服可愛くしてって理事長にお願いしたからなんだ。ね、まいまい」
「うん。だってぇ、ここの学校は中等部の制服は可愛いけど高等部はダサかったんだもん。制服新しく作るお金も舞のパパが出したんだよ」

 昨年まで紅椿学院高校の高等部の制服はセーラー服だった。現在の紅椿学院高校には二つの制服が存在している。

高等部の三年生は見慣れたセーラー服、二年生の一部と今年入学した一年生は、新しく作られたブレザーを着用していた。

 雪枝が中学三年生の時の学校説明会で来年度に高等部の制服を一新するとは聞いていたが、それが舞のためだなんて知らなかった。

「わかった? あんたが着てるその制服は、まいまいのために新しく作られた制服なの」
「この学校の頂点はまいまいだよ。そのまいまいに命令するなんて大橋さんも身の程知らずだね」

 雪枝の頭を濡らすのは、舞が口をつけた飲みかけのペットボトルのミルクティー。頬をつたって唇に垂れた甘ったるいミルクティーは終わりのない地獄の味がした。

「ゆーきちゃん。これからは舞と仲良くしてね?」

 紅椿学院には3年前から暗黙の了解として、中等部と高等部の生徒の間である掟が取り決められている。


 ──“夏木舞に逆らってはならない”─


 雪枝が憧れた紅色の高校生活は舞の存在によって、絶望の黒い日々に変わろうとしていた。
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