〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
今日もまたページが破りとられたノートが床に放り出されている。一枚、一枚、破られたノートの破片を広い集める紺野萌子は、後方から聞こえる耳障りな笑い声に心を塞いだ。
「早く集めないと先生来ちゃうよー?」
あと数分で帰りのHRの時間だ。担任教師はまだ教室に現れない。
だが、教師の登場で強制的にこの公開処刑が終わるほどクラスの人間達は優しくなかった。いつもいつも教師には知られないようにして、彼女達は萌子を苦しめる。
萌子の周りに集まるクラスのリーダー格の生徒とその仲間、そして傍観者のクラスメート。
誰も床に這いつくばってノートの破片を集める萌子に手を差し伸べない。
萌子を助ければ次は自分がイジメの標的にされる。人間は結局、自分が一番可愛い生き物なんだ。
集めたボロボロの数学のノートをカバンに押し込んだところで、ようやく呑気な顔をした担任が黒板の前に立った。
担任は数分前まで教室で行われていた公開処刑を知らない。知ったところで彼らは何もしてくれない。
今年度に荒川第一高校の二年生に進級した萌子の高校生活は、真っ暗な闇。学校だけじゃない。家に帰っても萌子の憂鬱は続いていた。
(帰りたくない……)
木曜日の今日は所属する文芸部の活動はない。普通の高校生ならば早い帰宅に嬉々とするだろうが、萌子は部活のない水曜日と木曜日が大嫌いだった。
家に帰ればあの女がいる。大学生の兄、涼太は帰りが遅い日が続き、あの女が作った料理を父とあの女と三人で囲む夕食が、萌子の日常で最も憂鬱な時間だった。
あの時間に比べれば学校の公開処刑はまだいくらかマシだと思える。
1時間半ほど北校舎一階の図書室で読書をした萌子の足は、靴箱ではなく北校舎の三階に向けられた。
三階には教科別に特別教室が並んでいる。彼女は廊下の端の生物準備室の前で立ち止まった。
ノックをして数秒後に扉を開ける。部屋の半分を占めるスチールラックには授業に使う教材や段ボールが雑に収納され、ハンガーを通した黒いジャンパーがラックに引っ掻けてある。
整理整頓の概念がない無秩序な部屋の、さらに無秩序を形成するデスクに白衣姿の男が突っ伏している。正確には突っ伏すようにして顕微鏡を覗き込みながら、ノートに書き物をしていた。
「先生。あの、紺野です」
『……そこ』
生物教師の陣内克彦は顕微鏡から目を離さずに右側を指差した。陣内の右側には本棚があり、棚の上にはメダカの水槽と横に本が三冊置いてあった。
『どれでもどうぞ』
「ありがとうございます。前にお借りしていた本、ここに置いておきますね」
図書室で読み終えたばかりの文庫本を三冊の隣に置き、萌子は三冊の本を順に手に取った。今回の陣内のチョイスは詩集と純文学小説、そして推理小説だ。
「早く集めないと先生来ちゃうよー?」
あと数分で帰りのHRの時間だ。担任教師はまだ教室に現れない。
だが、教師の登場で強制的にこの公開処刑が終わるほどクラスの人間達は優しくなかった。いつもいつも教師には知られないようにして、彼女達は萌子を苦しめる。
萌子の周りに集まるクラスのリーダー格の生徒とその仲間、そして傍観者のクラスメート。
誰も床に這いつくばってノートの破片を集める萌子に手を差し伸べない。
萌子を助ければ次は自分がイジメの標的にされる。人間は結局、自分が一番可愛い生き物なんだ。
集めたボロボロの数学のノートをカバンに押し込んだところで、ようやく呑気な顔をした担任が黒板の前に立った。
担任は数分前まで教室で行われていた公開処刑を知らない。知ったところで彼らは何もしてくれない。
今年度に荒川第一高校の二年生に進級した萌子の高校生活は、真っ暗な闇。学校だけじゃない。家に帰っても萌子の憂鬱は続いていた。
(帰りたくない……)
木曜日の今日は所属する文芸部の活動はない。普通の高校生ならば早い帰宅に嬉々とするだろうが、萌子は部活のない水曜日と木曜日が大嫌いだった。
家に帰ればあの女がいる。大学生の兄、涼太は帰りが遅い日が続き、あの女が作った料理を父とあの女と三人で囲む夕食が、萌子の日常で最も憂鬱な時間だった。
あの時間に比べれば学校の公開処刑はまだいくらかマシだと思える。
1時間半ほど北校舎一階の図書室で読書をした萌子の足は、靴箱ではなく北校舎の三階に向けられた。
三階には教科別に特別教室が並んでいる。彼女は廊下の端の生物準備室の前で立ち止まった。
ノックをして数秒後に扉を開ける。部屋の半分を占めるスチールラックには授業に使う教材や段ボールが雑に収納され、ハンガーを通した黒いジャンパーがラックに引っ掻けてある。
整理整頓の概念がない無秩序な部屋の、さらに無秩序を形成するデスクに白衣姿の男が突っ伏している。正確には突っ伏すようにして顕微鏡を覗き込みながら、ノートに書き物をしていた。
「先生。あの、紺野です」
『……そこ』
生物教師の陣内克彦は顕微鏡から目を離さずに右側を指差した。陣内の右側には本棚があり、棚の上にはメダカの水槽と横に本が三冊置いてあった。
『どれでもどうぞ』
「ありがとうございます。前にお借りしていた本、ここに置いておきますね」
図書室で読み終えたばかりの文庫本を三冊の隣に置き、萌子は三冊の本を順に手に取った。今回の陣内のチョイスは詩集と純文学小説、そして推理小説だ。